悔恨
明星魔クィーン

 
 
(ワラワのせいじゃあ・・・・・・・・・・・・・。ワラワのせいじゃあ・・・・・・・)
 闇に啜り泣く。
 地べたを這いずり回りし、女。
 とうの昔に、体は滅びた。魂も、新たな輪廻の輪の中へ。
 しかして、思念だけは、尚も明けぬ夜を彷徨い続ける。
 かつて美しき着物は破け、ちぢりに乱れし髪に、泥に汚れし体を引き摺り。
 おどろおどろしき、呻きは響く。暗黒の久遠に。
(ワラワのせいじゃあ・・・・・・・・・・・・・)
 魔穴に消えしアリババ殿は、呪われし運命を背負った。
 全ては、アーチ天使たる妾のせい。
 アリババ殿から、天駆ける白い翼を奪ったのは、この妾じゃ。

 メイドンと成らざりしアリババ殿の魂は、何処へ・・・・・・?
 癒えぬ体を聖ボットと変え、自ら虹へと昇華した、彼の清き魂を、神は許されなかったのかえ・・・。

 覚えておる。
 次界口で命を落としアリババ殿は、数多の天使の力によりて蘇った。
 しかし、それは不完全な復活。
 魔洗礼の悪夢にうなされしアリババ殿の体には、禍々しき魔傷が浮かび上がったと聞く。
 ・・・・・・ボロボロの魂に、ボロボロの体をあてがったようなものじゃ。
 許しを乞うため、病室を訊ねた妾は、目覚めぬアリババ殿の悶えし姿に、病室から逃げ出した。
 それが、最期の別れ・・・・・・。

(あああああああ・・・・・!)
 女が細く甲高い悲鳴を上げる。爪で己が皮膚を掻きむしり、ばたんばたんと地べたにのたうち、頭を底に打ち付ける。
(・・・・・・ソウ、スベテはオマエのセイ・・・・・・)
(ケケケケケ・・・・・・)
(ケケケケケ・・・・・・)
 闇に鳴り響く、無数の異形の笑い声。
「ダレじゃあ!」
 女は、虚しく、闇に叫ぶ。
「ダレじゃあああ!」
 散乱する、白い羽根。
 落ち葉のように重なり積もる其れを、女は一つ拾い上げる。
 羽根に付着するは、赤い血。
 視線を上げれば、無惨にもがれた白い翼が一対。
 血だまりに横たわりし騎神の背は。皮膚が裂け、剥きだしの肉に、白い骨が飛び出る。
 腐敗し変色した体、だらりと四肢が伸びる。虚ろな瞳を、

(あああああああ!!)
 恐怖におののき、女は逃げまどう。
(あああああああ!!)
 動けぬ。見えざる糸に絡め取られる。
 体に絡みつく糸。もがいても解けぬ。解けぬ!
 あやつり糸に、がんじがらめになりし女の体は、逆さに宙に吊された。
 糸は灼熱の炎の如く熱く、凍てつく氷の如く冷たく。
 激痛が走る。体と心を支配しようとする残虐なる闇の力。
 
 おお!闇よ!闇よ!
 妾を穢せ!
 妾も悪魔に!アリババ殿と同じように!!

 霞む彼女の目に、小さな光が映る。
 彼女に近付いてきた光の球は、白い、小さな子供の手に変わる。
 翼を広げて、守るように彼女を抱きしめる。
 彼女の目から、こぼれ落ちる、一粒の光。
(・・・・・・・・・・・・アリババ殿・・・・・・・・・・・・)


***


 パンゲの空に、戦いの狼煙が上がる。
「ヤマト!アリババ様の邪魔はさせぬ!」
 金の大層の主、女戦士たるゴーディがヤマトの前に立ち塞がる。
(男ジャック!)
 ヤマトは西の空を見る。この先、森の大層の空が、赤く染まっている。男ジャックとアリババの戦いは、すでに始まっているというのに!
「ヤマト!他を気にしている余裕があるのか。早く、牛若の仇をとらぬか!」
 ヤマトの頭上、ゴーディが極楽剣を振り下ろす。ヤマトは如意棒にて、それを受け流し、ゴーディの体を振り払う。吹き飛ばされたゴーディは、チッと舌打ちをし、一回転して空中に止まる。
 その隙をみ、先を急ぐヤマト。が、その足が完全に止まる。
 突如、目も開けられぬ、強烈な閃光が、ヤマトの鼻先で炸裂した途端、すぐに、夜の闇を思わせる靄が、ヤマトの体を縛り付ける。
 下から上り来る影は、やがて武装した女性の姿に変わった。
「明星魔!何故、来た?!」
 ゴーディは剣を脇に下ろし、声を張り上げる。
「アリババ様は、貴女にっ!」
「妾から、お願いしたのじゃ。戦わせてくれ、とな」
 ふわりと浮かび上がり、明星魔はゴーディの隣にと、つく。
「ヤマトは妾の昔馴染みの者・・・・・・。どうか、此の場は、妾に任せてはくれぬか?」
 柔らかな微笑に、穏やかな物言い。羽衣が風に揺れる。
「アリババ様がそうせよ、と?」
 険しい顔で、ゴーディ。明星魔は、
「妾が今、此処にいるのが、何よりの証拠・・・・・・」
 つと、彼女は上空のヤマトを見上げる。
「・・・・・・分かった。ならば、私は風の大層の者共を引き受けよう」
 大剣を宙に消す。マントが翻り、ゴーディは去り際に呟く。
「・・・・・・明星魔。無理はするなよ・・・・・・」
「・・・・・・・貴女も、」
 うっすらと笑い、地上に降りゆくゴーディを見送る。
「・・・・・・ヤマト・・・・・・」
 明星魔は、さらに舞い上がり、ヤマトと向き合う。
「明星クィーン。本当に、キミなのか?」
 ヤマトは目を見開く。禍々しき鎧に身を包んでもいても、その頬の印と、星を宿いし瞳は。
「そう・・・。久しぶりじゃな。あれから、本当に、長い歳月が経ったもの・・・・・・」
 懐かしむように目を細める。
「そなたを見ると、嫌が上でも、昔を思い出すよ・・・・・・」
 あの時、お前は隣にいた。初めて、あの方と出会いし時に。
「余りにも愛おしく、・・・・・・残酷な思い出じゃ・・・・・・」
 明星魔が左手を掲げる。宙より剣を現しめる。コオモリの姿を模した鍔を持つ剣。それを左手に取り。
 剣先を真っ直ぐに、ヤマトに突きつけた。
「アリババ様を殺める覚悟があるのならば、先ず、この妾を殺めてみせよ」
「何故、キミまで!」
 取り乱した様で、ヤマトが叫ぶ。
「・・・・・・ヤマト。妾達は皆、アリババ様に付き従う者。己の意志の元、何一つ迷いはない!」
 剣を構え、ひたと睨む。
「いざ・・・・・・!」