「くっそー!」
あれよという間に、馬の4つ足は泥の中に隠れ、
「くっ!」
ピーターの、そしてフッドの体の腰の上まで泥がくる。
「ひぃええー!助けてえー!」
甲高い悲鳴の出所では、お守りのてるてる雲助の頭だけが見える。哀れ、小さな体は、完全に泥の下へと沈む一歩手前。
しかし、その少し離れた所で、泥にはまっていたタイガー王神。果敢にも、泥の上に身を投げ出し、体の大きさを生かして伸ばした手は、てるてる雲助のてっぺんをギリギリでキャッチ。ズボリと、てるてる雲助の体を泥から引き抜いた。
フッドは大声で叫んだ。
「タイガー王神!てるてる雲助を投げるんだ!」
「投げる?!」
恐ろしき我が運命に驚愕する、てるてる雲助。
「キミは、みんなに、このコトを伝えるんだ!」
フッドは急げ急げと、片腕を振り回す。体を丸めた、てるてる雲助は。
「りょうかあーい!」
タイガー王神は大きく振りかぶって。投げた!最終ラインから、一息にキャッチャーを目指す超送球。てるてる雲助の体は、空の彼方へと消えていった。
「ムダ、ムダ、ムダー!お前らだけは、絶対に逃がさんぞおー!」
ノリノリの雨の邪鬼は、開いたパラソルを、更に空にあげた。
「もっと、降れえいー!」
雨の邪鬼のエールに、雨粒はより大きくなり、三人+一人の体に強くうちつける。
「くっそおー!!」
騎神アリババは、声を大きく張り上げた。
両手を強く握り、顔を真っ赤にして、歯をくいしばり、力の限りに、力む。4つ足のジェット噴射を最大限に放出。背中の白い翼をバタバタバタバタ。泥の中から抜け出すのだ。
「騎神アリババ!」
胸まで泥のフッドは。
「無理をするな!直に救援が来る!」
「うがあー!」
アリババは上半身をのけぞり、力むのを止めず。フッドは。
「試合は開催できる!一人分なら、出たがりのスーパーゼウス様が、きっとピンチヒッターで出る!」
急遽、予定は変更。主賓として、スーパーゼウスは直々に球場入りする手筈になっている。
フッドはアリババを心から心配して、声を上げるのだ。
「無理をするんじゃない!頭の血管、切れちゃうぞ!」
「そんなんじゃ、ダメなんだあ!」
アリババはやけっぱちに口を大きく開けた。
「夢の球宴だろ!夢の晴れ舞台だろ!」
アリババの隣で、全力をだしきったタイガー王神は、ぐったりと泥に沈んでいく。
「コイツは、この日のために、練習を重ねてきたんだ!汗を流して、頑張ってきたんだ!・・・コイツが試合にでなきゃ、ダメなんだあ!」
「アリババ!」
「こんなコトで、あきらめてたまるかあ!」
無情な泥を手で思い切りはたき。
「うぬぬぬぬ・・・・」
アリババは力を込めて。
「うがぐぐぐぐ・・・・」
わずかづつではあるが、アリババの体が上に持ち上がっていく。
フッドは、その姿を見て思う。
(アリババ。・・・キミってヤツは、・・・・!)
「レインボーアーチ!」
ピーターが水平に伸ばした手の先。泥の上から空に伸びる、小さな虹の橋がかかった。そして、直ぐにピーターはアリババに告げるのだ。
「そいつに捕まれ!」
アリババは虹の橋に、はったと両手をかけ、さらに踏ん張る。
「フッド!アリババを援護するんだ!」
「ああ!」
ピーターが声を上げると同時に、フッドはリンリン銅鐸を取り出していた。
(あきらめない心から、道は生まれる、か!)
フッドは今まさに思いついた手を実行する。
「震えろ!大地よ!」
音鳴らす銅鐸を泥の上に叩きつける。ゴーンと激しい音の振動は、泥のすみずみまで伝わり、硬い泥を撹拌、ぬるぬるの柔らかい泥へと変えていく。
「うわあああ!」
スポっと、アリババの馬の4つ足が泥の中から現れた。身を翻し。
ペガサスの子は空を駆け、聖夢剣を取り出す。雨の邪鬼目掛けて、一直線に切りかかるのだ。
「たあー!」
「ひいやああ!」
雨の邪鬼のパラソルを一刀両断にたたっ切ると、土砂降りの雨は途端に消えた。
「あっ晴れ〜!!!」
間の抜けた声が辺りに響く。
泥んこ谷の空を覆いつくしていた黒い雨雲は瞬く間に消え、快晴。澄み切った青空を背に、あっ晴れ天使が現れた。
「たまらないっス!」
雨の邪鬼は、さんさんと降り注ぐ陽の光に溶けるように消えた。
「で、私達は何故、未だ野球をやっているんだ?」
グラウンドの真ん中に佇むフッドは、止め処もなく頬を流れる汗もそのままに、熱気でよどむ球場を呆然と見渡している。
「救出の御礼と夢の球宴成功のお祝い。プラス、次界探索の激励を兼ねた練習試合じゃなかったかな」
守りを終えて、ベンチに帰る途中のピーターが、フッドの背中をグローブで叩く。
「さっ、次はキミの番だぜ」
ベンチに戻り、バッドを手にし、バッターボックスに歩いていくフッド。
「フッドー!」
ベンチから抜け出したアリババは、頼んでもいないのに一塁の横に陣取って手を振り続けている。声援を送り続けている。
「気合で打て!!フッドー!」
フッドは汗を拭い、バットを構えた。
ああ、アリババ。キミは、やっぱり・・・。
アツイ!
おわり
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