滅びの都
ゴーディ・メタメンデル

 
 
 ラシア・・・・・・。何故、こうも、お前はワガママなのだ・・・。

 金の大層を守護し、全ての命を慈しむ女神。
 可憐な花のように愛らしい微笑みの裏に、悪魔の心を秘めし、我が妹よ。
 お前は、かくも残酷な運命だけを、私に残した。
 金の大層は、間もなく滅びる。まさに今、迫り来る水の大層が、我等の都を海中へと沈めようとしているよ。
 輝ける鋼は光を失い、物言わぬ錆に変わるのだ。
 聞こえるか?逃げまどう人々の悲鳴を。
 これが、お前の罪。
 お前を崇め慕った人々を、お前は裏切り、自ら、金の大層を滅ぼしたのだ。
 一人の男に力を与えるために。この私をも裏切って。
 私は全てを耐えてきた。
 生け贄の命を奪い、かりそめの命を繋ぎ留めるべく、お前に捧げた。
 殺人鬼と蔑まれようとも。
 全ては、守るべき金の大層と、お前のためだ。
 真に他者の命を喰らいしは、お前。しかし、人々は、永遠に私を憎もう。
 愚かなる金の大層の人々は、最期までお前を慕って果てるのだ。
 そして、私は彼等を捨てる。
 これが、私の罪。

 
「ゴーディ・メタメンデル。此処にいたか・・・・・・」
 海の輝きを放つ、青い髪をした水の大層の主は、両手を広げて現れる。
「出撃して来ぬと思えば、こんな所に隠れていたとは」
 腕を組み、廃墟と化した宮殿の一室を見渡す。ふんと鼻で笑う。
「ラシアを失い、流石に、人々に会わす顔もないか?」
「ハムラビ。こんな滅びの都など、お前にくれてやる」
 ゴーディは床に倒れた柱の残骸から立ち上がる。
「ほう・・・・・・」
「お前に、もとより、用は無い」
 彼女は長剣を構える。
「私が此処で待っていたのは、そちらの方」
 ハムラビの背後に感じる、強い力。常に付き従う、影。
 それは未だ、風に揺らぐ蝋燭の炎に似る。しかし、ひしひしと伝わる、この闇を帯びた意志の力は、やがて、この六大層の全てを焼きつくさんとする、強大なる力。
「戦士の名において、お手合わせ願う」
 ハムラビに向かい、彼女は飛び、斬りかかる。間を割る、影。
 実体は無い。鬼の面を宿し鎧を纏う人の姿をとりしが、薄く透ける。色の無き影。
(これは魂?)
 しかし、交わる剣から伝わる、この手応えは本物。彼女のありったけの力を込めても、鉄のように固く動じない。
「くっ!」
 ゴーディの剣は押し返され、為す術もなく、その勢い、後方に吹き飛ばされる。
 その後を追う、影。



 姉さん・・・・・・。私は、姉さんがうらやましかった・・・・・・。

 姉さんは力を持っている。自分の運命を、自分自身で切り開ける力よ・・・・・・。
 私はラシア・・・・・・。空っぽの命。
 私は常に惨めだった。姉さんは知らなかったでしょう?
 守られねば生きていけぬ、弱者の苦痛を。
 広い世界も知らず、狭い宮殿につなぎ止められ、偽りの微笑みを絶やしてはならぬ、私の運命。
 私は姉さんが妬ましかった。
 姉さんのように、思うがままに、空を翔たかった。
 ・・・・・・正直に言うわ。
 私は姉さんが憎かった。心の底から。
 姉さんは、無理矢理、私を生かし続けようとした。他者の命を犠牲にする大罪を背負わせて。
 それは、本当に、私のためだったのかしら・・・・・・。
 私は自由になった。
 姉さんの呪縛から逃れ、自分の運命を自分自身で決めたの。



 ゴーディは残された理力の全てを、剣に注ぎ込む。
(この化け物っ!)
 彼女は自らの血に染まりし体を奮い立たせ、亡霊のように静かに佇む影を睨む。
 これが最後。
 彼女は長剣を振り下ろす。影は大剣でもって、それを受け止めた。
 粉々に砕け散る、彼女の剣の刃。
 彼女の腹を目掛けて振られた大剣は、凄まじき剣圧によりて、彼女の体を宮殿の壁に叩き付ける。
 大きな亀裂が入る。
 口から赤い血を吹き出し、うなだれる。兜は砕け、乱れた髪の隙間から、まさに眼前の敵を見上げた。
 ゴーディは目を閉じ、ふっと笑う。
「私の負け」
 長きに渡り、彼女と運命を共にしてきた長剣を、左手から放す。
「死ぬ前に、どうか貴殿の名を教えてくれぬか?」
 表情の無い影に、彼女は優しく語りかける。
 影は彼女の首もとを掠める大剣を壁から抜き取り、大剣はその手から消える。
「何をしている!」
 戦場から離れ、供の者に護られしハムラビは、苛立ちを隠そうともせずに叫ぶ。
「止めをさせ!デュークアリババ!」
(かつて悪魔に堕ちし、神帝か?)
 ゴーディは目を見開き、影の姿を凝視する。
 影が彼女の顔に手を差し伸べる。
 ビクッと動きを止めた彼女の、顔にかけていた割れたゴーグルの鋭利なガラスの破片を、影は取る。
 そして、ハムラビの元へと去った。
 彼女は、その姿を見詰め、立ち尽くす。

「アリババ!何故、私に従わぬ!」
 再び、影となりし従者を、ハムラビは厳しく責め立てる。
(・・・・・・ハムラビ様・・・・・・。落ち着かれよ・・・・・・。・・・・・・選ばれし、異聖の系子よ・・・・・・)
 冷たい風を伴って現れし、彼等を取り囲む六つの黒い影。
「創聖影使よ!アリババは、真に我の味方か!」
(無論・・・・・・。奪われし金の大層の力、・・・・ラシアの力を持ってして、彼は完全体となり、ハムラビ様の忠実なる僕となる・・・・・・)
 もう一つの影が告げる。
(アリババは我等の意志に従い、金の大層の主の命を助けただけのこと・・・・・・)
 そして、また、別の影が告ぐ。
(滅びの都の女主人は、必ずやハムラビ様の軍門に下ろうぞ・・・・・・)
 奇怪なる異形の影どもは、楽しげに身を震わす。
(運命の歯車はすでに回り出しておる・・・・・・)
(・・・・・・・ケケケケケケ・・・・・・)



 姉さん・・・・・・。どこまでも憎く、どこまでも愛おしい、姉さん。

 私の姉さん・・・・・・。哀れむべき女戦士。私の系、ゴーディ・メタメンデル。
 今まで、本当に有難う。
 かつて、私達はいつも共に在った。私達は共に罪を背負いし者。
 ・・・・・・有難う・・・・・・。
 どうか、姉さんも自由に。心のままに。自分のためだけに生きて。

 姉さんには、幸せになって欲しい・・・・・・。