神帝達は去っていった。私を残して。
聖魔和合は成し遂げられ、戦い合った者達が共に手を携える。
喜びと希望に満ちた新世界に、最大の功労者たる彼等の姿はない。
久遠の地への架け橋となる。彼等は自ら、己の命を昇華させた。
五神帝は、メイドンに。ヤマトの魂は漂流を。求める先は愛する者か・・・。
しかし、闇に似た深い青。憂いと悲しみを帯びるは藍色。
アリババの魂の行方は、不明。
一度、魔に染まりし魂は、安息の日を迎えることも許されぬ。
憎むべきはマリア。
残虐なる悪魔。欲望にまみれし、血に飢えた、非道なる狂戦士よ。
彼の心を奪い、彼の体を傷つけた。
愛する仲間と戦わせ、永遠に拭えぬ暗い闇を彼に背負わせたのだ。
一人、仲間と運命を別った、彼の孤独な運命は、マリア、アナタが犯した罪である。
「ワタシはアナタを許せない」
ロココは言った。
世界が朱に染まる。血の色だ。戦場の色だ。
「ワタシはアナタを許さない」
冷たい世界に一人、取り残される。そう、いっそのこと、そうしてくれ。
身も心も凍りつきそうな、暗黒の監獄の中に一人閉じこめられて、犯した罪の償いをさせて欲しい。
(憎んでくれ)
その方が許しよりも救われる。
(憎んでくれ)
闇に一条の光が差し込んだ。
冷たくなった、うずくまるその体を胸に抱き、耳元で暖かい言葉を囁くのは、
(悲しい夢に囚われてはいけないよ・・・・・・・、マリア)
「ロココ・・・・・・」
源層界の夜の海に、数多の星々の光がたゆたう。
静かに眼を開けたFuzzyM.Rは、海を見下ろす高台の上で、一時のうたた寝の余韻に浸る。横たえた体、頬杖をつき、うつろう光を見遣りながら。
時空を越えて流れつく星々の光は、神と迎えられた彼女達でさえも知らぬ世界のものも少なくはなく。けれど、ひときわ心に沁みいる、あの光。懐かしい、あれは次界の灯火。
FuzzyM.Rは身を起こす。
FuzzyM.Rの中のマリアの心は、連れに不平を愚痴る。
「・・・・・・お前といえども、私の心の中に勝手に入り込まれるのは、気持ちの良いものではないな・・・・・・」
「すまない」
ロココの心は、真摯に詫びをいれ、
「ただ、・・・・・・・貴女の心が泣いていたから」
と、優しい声で付け加える。
「貴女が負う罪は、私の罪でもあるのだよ・・・」
マリアはしばし口をつぐんでから。
「ありがとう」とそっと呟いたが、但し、その声は、彼女の心の中だけに留めおく。
「マリア。ヤマトの魂は、無事、辿り着いたようだ」
「そう・・・・・・」
マリアが意識を閉じていた間、源層界の遣い鳥がもたらした報せを、ロココは深い喜びをこめて伝える。混沌に呑まれ非層を彷徨いし魂は、長い旅路を経て、ようやく帰るべき場所に帰り着いたのだった。
「どのような姿で、生まれ直すのかな・・・・・・?」
FuzzyM.Rはマリアの微笑を浮かべ、
「それは、あの者達が導いてくれる」
遺された者達。生まれたばかりの世界を、これから築いていく者達によって。
・・・・・・・では、アリババは?
神帝達の魂の行く末について、二人で話すことがある。『あの彼等が、あんなにも可愛いくなって』『あのメイドンは彼女と暮らすことにしたようだよ』、等と。愛おしく楽しく語り合う。神帝達が神帝達のままで戻ってこなかったことは、二人にとって大きな悲しみではあったが、彼等の魂を引き継いだ者達の存在は、二人にとって大きな喜びであり希望であった。
しかし、神帝隊の一人でもある彼の名だけは、決して、マリアは口にすることができないでいる。
「マリア。伝えたいことがある」
ロココは押し黙るマリアの心に、確かに語りかける。
「私は貴女を憎んでいない」
「ああ・・・・・・・」
マリアは、さりげなく。
「・・・・・・分かっている」
そう。自分の半身の胸の内は、よく分かっている、分かっている。・・・・・・けれども・・・。
「アナタはワタシ。ワタシはアナタ」
ロココは言う。
「アナタを憎むワタシの姿は、アナタがアナタ自身を憎む心・・・・・・」
犯した罪を神が罰せずとも、真に罪を咎めしは我が心。
「そして、ワタシがワタシを憎む心・・・・・・」
ロココは言う。
犯した罪を他が知らずとも、我が犯した罪を知るは我。
「惨いことをした・・・・・・」
マリアは想いを吐露する。
幾ら懺悔を重ねても、彼に直接償うことは、最早出来ない。彼は去った。それでも、マリアは、祈るように、すがるように懺悔を続ける。
自分をシヴァマリアへと変貌させた神帝達が、彼女を許していたのと同じく、ロココを通して理解したことは、自分を許していた、アリババの心だった。
(何故、そんなコトが出来るのか?)
マリアは問い続け、未だ、答えを見つけてはいない。
「アリババは、今、何処にいるのでしょうかね・・・・・・」
マリアが彼の名を口にしたことがないように、ロココがアリババの話をふったのも初めてである。そして、よくある普通の世間話のように、彼は言ったのである。
「ふん」とマリアは鼻を鳴らす。
「お前は私の心を全てお見通しのようだな」
「今は覗いていませんよ。それに全てではない」
ロココは、いたずらっぽく、そう答えた。
「私はね、マリア。アリババは生きているような気がするんだよ」
と、FuzzyM.Rは微笑む。
マリアは思念を飛ばして、アリババの気配を探し続けている。それは、そのことを知らないはずのロココも、同様のことをしているに違いない。しかし、ようとして、消息をつかめない。もし、可能性があるとすれば、それは源層界の支配の及ばぬ、異世界・・・・・・。
夜の海の向こうから、風が吹いてくる。世界の果てから吹く風は、冷たいが、淀みのない、清らかさをたたえる。
「アリババは自分の運命を受け入れ、自らの足で歩いていた。・・・・・・私達の助けなどなくともね・・・・・・」
心に浮かぶは、苦しみを乗り越え、再会を果たした彼の笑顔。
「アリババは強い。・・・・・・そうでしょう?」
ロココは明るく尋ね、マリアはうなづく。
FuzzyM.Rは目を細めて、果てしなく続く夜の海の、その彼方先まで見渡す。
光の無い暗い世界の中にあっても、きっとその光は消えてはいない。
「この世界のどこかで。・・・・・・変わらない、まっすぐな瞳で・・・・・・」
終
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