黄金姉妹 後編



「今だから言えるけど、あの時、私ね。ハムラビさんの秘密の部屋に招待されたのよ」
 ラシアは自分のフォンデン・ショコラをいじりながら言った。
 大層の全ての主が集結したのは、後にも先にも一度だけ。ホスト国の水の大層に。
 そういえば、パーティーを抜け出し、連れ立って何処かへ遊びに行ったチビが二人いた。年の近いハムラビに、ラシアはすぐに懐いていたっけ。
 いつも自分の側から離れなかったラシアが、他所の土地で自分から離れたのも、後にも先にも一度だけ。
「ハムラビさんね、秘密の部屋で、小さな水の生き物をたくさん飼っていたのよ。海では暮らせなくなった生き物を、大切に育てていたの。すごい色をした魚とか、珍しいイソギンチャクとかサンゴとか、カメとか!」
 ラシアは楽しそうに続ける。
「それでね、その部屋を案内してくれてる時、ずっーと、ニコニコしていたの。とっても嬉しそうにね。・・・・ハムラビさん、とても可愛かったなあ・・・・」
(あの頃は、ラシアも金の大層を出て、自由に動き回ることができたのだ・・・)
 ラシアの屈託の無い笑顔を見て、ゴーディは思った。
「今頃は、さぞかし、見目麗しい青年になっているんでしょうね!」
 ラシアは小さく切ったフォンデン・ショコラを口の中に放り込んだ。
「ハムラビさんって、優しいのよ」
 と、フォンデン・ショコラを食べ終えてから、ラシアは付け加えた。
「気が優しくても軟弱では、大層は守れないよ」
「ハムラビさんは争いごとが嫌いなだけよ」
 ラシアはちょっぴりツンとしてみせる。
「それに、姉さんとガチンコでやり合えるのは、火の大層のドスさんぐらいだわ!」
(ほんっとうに、姉さんは頭がカチカチなんだから!)
 ラシアはフォークを空の皿の上に置いた。
 そうだ!
「ねえ!姉さん!姉さんは大層の主の中で、どなたが一番好み?!」
 ラシアの瞳がピカリンと光った。
「ラシア・・・・・・」
 ゴーディはテーブルに肘をついた片手で額を支えるのだった。
 ラシアはこの手の話が大好きなのだ。
「私はアイツラに興味も何もわかないよ・・・・・・・」
「私はやっぱりハムラビさんがイイかなー」
 やる気のないゴーディなんか放ったらかしで、ラシアは話し続けるのだ。
「姉さんは、ドスさんなんてどう?」
「・・・・・・・・・・・。・・・・・・イヤだ」
 ゴーディは本当に嫌そう。
「あっ。そうか〜」
 ラシアは面白そうににやけた。
「姉さんって、何だかんだ言って、面食いだもんねー」
「・・・・・・・・・・・・」
「じゃあ、土の大層のフィアンさんかな?それなりに強いし、個性的な顔立ちが素敵よ」
「・・・アイツは、『小賢い』ところがあるからな・・・・・・」
 一向にゴーディは乗らぬ態。ラシアはぷうと頬を膨らませた。
「もう!それじゃあ、お話にならないじゃないの!」
(初めから、話にはなってないんだ!)
「じゃあ、姉さんの理想の男性のタイプを教えて!」
 キラキラした目が、うつむき気味のゴーディの顔を覗き込む。
「どういう方が好み?」
 ゴーディは頭を上げて、うんざりと溜息をつく。
「あー、でも、『自分よりも強い男が好き』だなんて、ダメよ!」
 ラシアは物知りなオネエさんぶった口調をする。
「そんなの、ぜーんぜんっ、女の子の台詞じゃないんだから!」
(ベツニ・・・・、ソレも一つの判断基準ジャナイカ・・・・)
 との、ささやかな抵抗を試みるのは、何かと面倒になりそうなので控えた。
「・・・・ラシア。そろそろ休んだらどうだ・・・・?」
「大丈夫だもーん。今日はとっても気分が良いの!」
 ラシアは空になったカップに、ポットから紅茶を注ぐ。
「だって、今日、王子様の夢を見たんだもん!」
 と、ラシアは得意そうに胸をはるのだ。
(王子様ねえ・・・・)
 ゴーディは苦笑する。
 彼女は度々、ラシアから、彼女の夢に出てくる王子様のことを聞いている。『王子様』、だなんて言葉は幼稚だと、何度もラシアに言っているものだが。ラシアはその呼び方を変えようとしない。『だって未だ、名前を教えて下さらないのだもん』と、夢で出会う彼が、まるで実在するかのような言い分をする。
 ラシアの王子様は、とても優しく微笑むのだという。
 若武者の姿で、物腰は至極穏やか。長めの紫の髪を上で束ねて、優雅な気品を漂よわせる。
 彼は金の大層の花園に降り立つと、彼を待っていたラシアに笑いかける。ラシアが彼の元に駆け寄り手を伸ばすと、そこで彼の姿は消えてしまった・・・・・・・。
(こんなこと、姉さんには言えないけれど・・・・)
 ラシアは紅茶をくゆらせて。カップの中の揺れる水面を眺めて。
(今日の夢はいつもとちょっと違ったの・・・)
 彼は私の手を取って、私を優しく抱き寄せると宙に浮かんだ。そのまま空高く舞い上がり、遠くへ遠くへ。私を外の世界へと、金の大層から連れていってくれる・・・。
 ラシアは温室の緑の植物達に目を向けた。小さな子供が乗れるぐらいに巨大な葉をもつ木や、孔雀の羽のように奇抜な色をした豪華な花がある。ゴーディは他の大層の使者と謁見する時、この温室をよく使う。そして、大抵の使者が驚嘆するのだ。
(こんな植物は見たことがありません!)
 それもそのはず。ここにある植物は全て、自然界で自然に発生したものではない。錬金術師達が自然の理を利用して創り出したものである。この温室は、他の大層の使者達に、金の大層の極めて高度な技術力を誇示するのに役立つ。
 しかし、この温室の植物達は、決して外では生きられない。その命は人工的に創り出され、人工的な環境の中で、その命を全うするのだ。
(この植物達は私と同じ・・・)
 美しい植物達がその内に秘める悲しき運命を、私以外の誰が嘆いてくれるというのか?
 私が金の大層を出る時は、金の大層が滅びる時。
 それを知っていながら、それを望むなんて。・・・残酷よね、私・・・・。
 ラシアは紅茶を一口飲んで、気分を切り替えた。
「だからあー、ほらっ!姉さん。答えてよ!姉さんの好みのタイプは?!」
 ラシアが黙っていたのをいいことに、フォンデン・ショコラを食べ進めていたゴーディの油断をつく。ラシアは詰め寄よってゴーディをせかすのだ。
「姉さんだって、作りは美人なんだから!ちゃあんと、お洒落をすれば、もっともてるのよ」
 ゴーディの普段着である愛想の無い戦闘服に、ぶうと非難の目を送った。
「そうだな・・・・・・・」
 此処は何か一つでも返事を返してやらないと、ラシアは自分を解放してくれないだろう。
 ゴーディは腕組みをして考えた。そして、一つ答えを見つける。
「信念を持っている奴がいいな」
 誰に何を言われても、誰に何と思われようとも、自分の信じる道を貫ける強さを持った男。
「信念ねえ〜」
 ラシアは少し眉を下げて、(真面目な姉さんらしいわね)、と思った。
 姉さんは強い。姉さんは自分一人の力で生きていけるのだ。
 私は宮殿の外に出ることはできないけれど。
 好きな人の側にずっといること。姉さんには、それが出来る・・・・。
 プラチアがせかせかとテーブルに近づいてきた。
「ラシア様。そろそろお薬の時間ですよ」
「えー。もう、そんな時間」
 ラシアは駄々っ子のようにテーブルに張り付く。温室のスピーカーから、事務的な声が流れた。
「ゴーディ様。森の大層よりホットラインです」
「分かった。すぐ行く」
 すぐさま立ち上がったゴーディに、彼女を見上げたラシアの表情に一瞬寂し気なものが浮かんだが、すぐにきちんと居住まいをただして。
「美味しかったわ。ありがとう」
 と、プラチアに、にっこり微笑んだ。
「姉さん」
 自分の部屋に続く、温室のドアの前で振り返ったラシアが快活に笑った。
「姉さんに大好きな人ができたら、私、応援してあげるね!」
 ゴーディは執務室に続く温室のドアの前で振り返り、ラシアを垣間見て、慌しく軽く手を振った。
「お休み、ラシア」
「姉さん、お休みなさい」



END