俺を斬れ
ヤマトとアリババ

 
「で、アローエンジェルにパワーアップしたんですの!」
「へえー。そうなのかあー」
 嬉しそうに、はしゃぐ彼女に、アリババ神帝も朗らかに目を細める。
 彼は肩から、白い上着を軽く羽織っている。はだけた胸元からのぞく、白い包帯。
 ここは、ヘブンシティ。
 ヤマト達は、入院中のアリババの警護にあたる。ワンダーマリアの襲撃以来。
 「次界への旅を先に」と断るアリババに、「ボクが残る」と言ったヤマト。それを受けて、「それでは皆で」と、ヘッドロココが決めたことだ。
 アリババは嬉しい反面、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。が、その方が、お互い、『安心』ということなのかもしれない・・・・・・。
 今は、病院の屋上に三人でいる。先程から、アローエンジェルが、彼女が次界に来てからの冒険談をアリババに聞かせていた。アリババ神帝が、全く知らない、仲間の話である。
「これも、愛の力ですの。ね、ヤマト神帝さん」
 ピトッっと、ヤマトの脇にくっつく。
「もう!そんなに近付いてくるなよ〜!」
「うふふで〜すの!」
 思いっきり、赤面するヤマト。相変わらずの光景に、思わず、アリババも笑みをこぼす。
 ふと、アローエンジェルがヤマトの腕から離れる。手を振り、大声を張り上げた。
「今、行きますの!」
 屋上の入り口で、海母精が手招きをしていた。
「海母精さんに、簡単な救急方法を教えてもらう約束ですの!」
 アローエンジェルは、両手を後ろに回し、可愛いウィンクをした。
「じゃ、ヤマト神帝さん。アリババ神帝さんも、またですの」
 彼女は向こうへ走っていった。
 やっと、二人きり。

「・・・・・・ヤマト」
「うん」
 アローエンジェルを最後まで見送るヤマトは、後ろのか細い呼びかけに、元気に応える。
「本当に、・・・・・・すまなかった・・・・・・」
 アリババ神帝はうつむいた。ヤマトから顔を背けた。
 振り返ったヤマトは、突然変わったアリババの様子を心配し、「大丈夫か?」と、手を差し出す。
「ボク達も、中に入るか?やっぱり未だ、無理はしない方が・・・」
 微かに、冷たい風も吹いてきている。
「いや。・・・・・・俺は大丈夫・・・・・・」
 ヤマトの手を取らず、アリババは向こうをむいたまま答える。
 想いを絞り出すように、小さく、つぶやいた。
「・・・・・・謝っても、償いきれる罪ではない・・・・・・」
 屋上の手すりを握る手が、どこはかとなく震える。
「もう少しで、とんでもないことに・・・・・・」
 喘ぐよう。
「全て、俺の責任だ」
「何を言ってるんだ!あれは、お前のせいじゃない」
 ヤマトは力を込めて言う。
「お前が責任を感じること、これっぽっちもないんだ!」
「・・・・・・」
 アリババは小さく背を丸める。
 その弱々しい後ろ姿に、ヤマトは辛そうに眉をひそめ。
「それに、お前は影になって、ボクを助けてくれたじゃないか」
 アリババは静かに、首を横に振る。
「見えていたんだ。俺は、・・・・・・。俺がお前達を襲うところを。・・・まさにお前を、・・・殺そうとしていたところを」
 仲間に剣は振るえない、と。自分の名を叫ぶ。「ボクが倒す」と剣を持ち、向かってきたヤマトの目には。
「でも、俺には、どうしようもできなかった・・・・・・」
 振りかざした日出剣を、落とし、首を差し出したヤマト。
(お前は、優し過ぎる・・・・・・)

「ヤマト・・・・・・。お前に頼みがある」
 アリババは手すりをきつく握り締める。
「もし、また、同じようなことが起きてしまったら、」
 震えそうな声を何とか抑える。頭を上げ、しっかりと前を見据える。
「迷わず、俺を斬れ」
 ヤマトに向き直り、一途な視線で、じっと見詰めた。
「・・・・・・頼む・・・・・・」
「イヤだね!」
 と、ヤマトは、とぼけた声で。
「ヤマト!」
 アリババは強く怒鳴り。
「俺達の使命は、ヘッドロココ様をお守りし、次界への道を切り開くこと!」
 そっぽを向いたヤマトは、相手にしないような素振りをみせ。
「ボクは、お前なんて斬らないよ」
 腕組みをし、顎を上げ、目をつぶった。
「あいにく、ボクは、お前を斬れるような剣を持ち合わせていないんだ」
「ヤマト・・・・・・」
 アリババは眉を下げる。
 ヤマトは腕組みを解き、目を開き。
「ボクだって、ボクらの使命をよく分かってる。でも、お前を見捨てられるような、ボクらが次界に行ったところで、どんな世界が築けるっていうんだ。・・・それに、ボクは、みんな一緒に、・・・お前と一緒に、次界に行きたいんだ!」
 そのまま項垂れたアリババに、
「もう決して、ボクが、お前を悪魔なんかに渡したりはしないさ!」
 アリババは、自分の肩に手をのせ、にっこり笑いかけてきたヤマトを見上げる。
 ふうと息をつき、身を委ねる。
 ヤマトが言うと、安心する。いつもそう。理由も根拠もまるっきり無いくせに、信じたい気持ちになる。コイツはこういうヤツなんだ・・・・・・。

「ほら、何時までも、くよくよすんなよ。お前らしくないぜ!」
 下を向くアリババは、横の長い髪で、表情は伺えない。しかし少し経ち、顔を上げた時には笑っていた。
「俺は、お前ほど、ノー天気じゃないんだよ」
「何だと!」
 二人は顔を合わせて笑いあう。
 ヤマトがおどけて。
「それに、もし、また何かあっても、あの創聖巡使様が助けてくれるかもしれないよ」
「創聖巡使・・・・・・。未だ、敵か味方か、分からないんだろう・・・・・・?」
 アリババは怪訝な顔で。
「もっちろん、味方さあー!お前を助けてくれたんだもの。敵のわけがないだろう!」
 ヤマトは両手を広げて、全く疑いを知らぬ顔をする。
「おーい!もう、そろそろ、夕飯の時間だってさー」
 空飛ぶ男ジャックが、上に大声で叫ぶ。
「おー!分かったー」
 ヤマトが手を振り、下に返事をした。
「さあ、みんなが待ってる。一緒に行こうぜ!」
「ああ」
 二人揃って、下に飛び降りる。
 
 ヘブンシティの空に無数の星が瞬いている。
 あの時、自分を包み込んだ光は、確かに優しく、自分の体を縛り付ける闇を、内に巣くいし魔を消し去ってくれた。しかし。
 アリババは自分の変化に恐れている。
 自分の中でうずめく、何か・・・・・・。悪魔でもなく、天使でもなく。
 そして、記憶に途切れ途切れに浮かび上がる言葉は、
 ・・・・・・まんせいら・・・・・・?


おわり