「異彩姫とアリ因バンド〜恋の成就のヒミツ」



「ようやく二人きりになれた」
 と、白い馬の四つ足をもつ少女は、やれやれと息を吐き言った。
 宙を駆ける道行は、今のところ順調。色とりどりの星々が浮かぶ、宙の向こう。黒い宙にあって、一際黒い渦を巻く、あそこが、二人の目指す目的地である。
 二人。アリという名をもつ少女と、彼女の背に乗る少女。

「異彩姫」
 アリは後ろの少女に呼びかける。彼女の護衛、といえば聞こえはいいが、もしくは監視役とでもいいたげな三姫の一人。と、その配下の者達がいなくなるのを、ずっと待っていたのだ。
「本当はね。アタシ。あんまり、『乗せる』気はなかったんだ。アナタをね」
 あっけらかんと言った。ジェット噴射で宙を飛ばす、馬の四つ足は決して休めずに。
「アナタがどうのこうの、といったことじゃないの。ただ、気になることがあってさ」
 アリはちょっと後ろを振り返り、異彩姫と呼ばれた少女が、こちらを見ているのを確認する。そして、顔を戻し、思うところを告白した。
「アタシは、聖神子も魔神子も直接には知らない。けど、もし、二人の間に本当に愛があるんだとしたら、それを邪魔するのは、野暮なんじゃないかなって思うんだ」
 率直な言動を好む少女である。
「私達は光の超聖神様の御意思に従う存在だ」
 アリの仲間達は、各々に別れて、各々の仕事を遂行している最中。一つの目的のために。
「けど、心まで操ろうとするのは、どうかって思うんだよ」
 そして、アリに与えられた仕事は、彼女を魔神子の下に送り届けることである。

「でも、もっと大事なことがあるんだ。どうしても確かめなきゃいけないこと!」
 アリは後ろを振り返った。彼女の背に乗ってから、いや、先程、出会ってから、一言も喋らない彼女の顔を見て言う。
「アナタ自身の気持ちだよ。異彩姫。アナタは魔神子をどう思っているの?」
 どこか暗い少女である。うつむいた赤い瞳を冷たい青い髪が隠している。合わせた両足に、背中を丸めて。月の勾玉を両腕の中で、ぎゅっと抱きしめる。
 アリは彼女を責める訳でもなく、ただ彼女のことを思い、声の調子を少し強めるのだった。
「アナタの気持ちは?アナタはこれでいいの?!」
 ややあってから、小さな声がアリに応えた。
「・・・・アナタには、私がどう見える?」
 唐突な問に、思わずアリは面食らう。
「この服、この髪飾り、この姿・・・」
 異彩姫は自分の胸に手をあてる。
「全て、聖神子とお揃い。・・・・でも、私はシャドーのアエネ。私には、私の名前がない」
 赤い瞳がじっと、アリの緑の瞳を見上げる。
「私はひかりの影法師。私の全ては、ひかりの影から生まれた」

 その時、異彩姫の顔に、ふっと浮かんだのは微笑みだった。
「でもね。この想いだけは、私のものなの。アノ人の存在を感じた時、私の心に芽生えたものは。私は確信してる。これは決して、影から生まれたものじゃない」
 異彩姫は顔を上げた。
「私はアノ人が好き!」
 幸せな力強い笑顔がそこにあった。先程までの物静かだった彼女とは違う、生き生きとした笑顔だった。それを見て、(こいつ、ネコを被ってやがったな)と、アリは何だか嬉しくなったのだった。
 邪魔にならぬよう、ポニーテールにしていた赤毛が宙になびく。
「私達の役目は、アナタと魔神子を引き逢わせること。それからは、アナタ自身の勝負だよ!思いっきり、ふられちゃうかもしれない。それでもイイ?」
「うん!」
 白い歯をのぞかせ、屈託ない表情でうなずいた異彩姫は。
「たとえ、アノ人に、別の想い人がいたって、私は私の気持ちをアノ人に伝えたい!」

「OK!そうこなくっちゃ!」
 アリは右腕でガッツポーズをとり、
「恋を成就させるにはね、押して押して押しまくるんだ!『大好き!』って、体当たりでぶつかっていけば、おちない男なんていないよ」
 と、威勢良く言い、
「ま、これを言ってる私が、恋を成就させたことなんてないんだけどさあ」
 と、ぺロっと舌を見せる。
 声をあげて、二人で笑って、しばらくの沈黙。アリは、自分の背中に額をあてた、異彩姫の暖かさに気付いた。
「ありがとう。アリ・・・・」
 少し震えた声だった。
「私、本当は、ずっと不安だった・・・・」
 夜の闇に息をひそめてずっと生き続けてきた自分。
 この少女は、爽やかな笑顔と共に、自分を迎えに来たと言ってくれた。小麦色の肌をした少女は健康的な魅力に溢れていて、彼女の笑顔は明るく輝く光だ。
 そんな彼女に言われると、希望を、夢をもてるような気がするんだ。

「異彩姫。今日から、アナタが私のお姫様だ」
 アリは異彩姫の手を後ろ手でぎゅっと握り、笑いかける。
「世界中で、唯一人のね!」
 異彩姫の潤んだ瞳が笑い返す。
「夢は叶えるためにあるんだよ。恋のライバルなんて、蹴り飛ばしちゃえ!」
 アリは後ろ足で空を蹴り、スピードを加速させる。
 異彩姫は振り落とされないように、後ろから抱き付く。
「うん!頑張る!」
 強力な力を帯びた黒い渦は、もうすぐである。それを証拠に、異彩姫を祝福する鐘の音が聞こえてきた。
「これからもヨロシクね。アリ」
 と、異彩姫が言う。
「こちらこそ、ヨロシク!」
 と、アリも言った。


おわり