異彩の三娘〜ボクはキミに恋をする。



 清澄な青空を映した水色の瞳は、静かにスサノの動きを封じた。
「あなた方が、ここにいらっしゃったのは、このためでしょう」
 アエネと名を持つ少女は、胸元のピンクの産衣に包まれた光をさらにギュッと、愛しげに抱きしめる。彼女の腕の中の、生まれて間もない白い光の玉は、生を受けた喜びを歌い上げるかのように、精彩に輝いている。
「あなた方は、この光を消しにきたのですね?」
 気丈な少女の声は、今、限りない悲しみに満ちて、水晶宮の奥の間に響いた。


「異彩姫は、うまくやってるかなあ」
 馬の4つ足をパカパカ鳴らして、アリはそこらをウロウロしている。
「うまくやってるさ。なんてったって、ボクがプロデュースした空間にいるんだもん」
 宙に浮かぶピエトロは、ドレスのスカートをヒラヒラさせて、得意そうに笑んだ。
「困難を二人で乗り越えた暁に、二人の絆は益々深まっているってわけ」
 今、異彩の姫と黒の神子は、ピエトロが用意した幻で迷い子。
 アリは、心配そうに眉毛を下げ。
「短気でワガママそうな魔神子が、癇癪をおこしちゃったら、どうするんだよ」
 迷路にぶちきれた魔神子の隣で、オロオロするカワイソウなアタシの姫様。
「それはないね。ムーディーな仕掛けをたっくさんご用意して、差し上げてるんだから」
 原始の緑が萌える奥深くである。しとしとと降る雨に濡れた二人は、熱い瞳で見詰め合う。
「それはそれは、二人の良さに、お互い目覚めるようなワンシーンさ」
 うっとりするピエトロに、目を平らにしたアリは口をとがらし。
「策略家だなあー」
「恋は演出だヨ、アリ」
 ピエトロはニンマリ。虹のマントをひるがえし、クルリと一回転する。

「アリは異彩のお姫様を気に入ったようだね」
 二人のやり取りを見守っていたロビンは、楽しそうにアリに声をかける。
「だってさ、あんなに一生懸命なところを見せられたら、応援したくなっちゃうじゃないか!」
 アリはロビンに向き直って言った。
「大好きなんだよ!魔神子のことが」
 黒髪のロビンは腕組みをして、にこやかな眼差しをアリに向ける。
「だから、こんなヤヤコシイことをしなくたって。ただ二人だけにさせてやってもいいんじゃん?」
 アリの後ろのピエトロが。
「それじゃあ、余りにも普通だねっ。ボクらの役目は、二人を確実にバンドすること!」
「困難が逆効果になる時もあるよ」
 弱気な顔を見せるなんて珍しい、アリ。
「それなら、それで正攻法でいけばいいだけの話」
 ピエトロの目は三日月に笑って、顔だけ振り向いたアリのすぐ隣に来れば。
「こんな風にさ」
 チュッ。アリの右頬に軽いキス。
「ワッ!ばか!ナニすんだ!」
 一気にアリの顔は真っ赤に染まり。
「このキス魔!」
 両腕をバタバタさせて抗議するアリに、彼女の馬の背にフワリと乗り移るピエトロ。
「勝手に人の上に乗んなあ!」
 ピエトロはアリの両肩にちょこんと両手をのせて、背後からアリの顔を覗き込む。
「カワイイね、アリ」
「うるさい!」
 アリが両の後ろ足を蹴り上げて、思い切って振り落とそうとするに、ピエトロは軽やかに宙に戻り。アリの頭上で、曲げた両足を両腕で抱え込み、クスクスと笑った。

 アリは赤い顔も落ち着かぬ内に、もう一人の仲間に対し。
「ロビン!アタシ、ちょっと様子を見てきてもいいかな!」
 ロビンはふっと微笑み。
「そんなに心配しなさんな。その時が来れば、私の鐘の音で二人を導くよ」
「ちがう、ちがう。スサノ達の方!」
 アリは乱れた美しい水色の肩掛けを肩になおした。
 ここにもう一つ、アリをやきもきさせているコトがある。
「何か、あったのかもしれない。アタシがひとっ走りみてくるよ!」
 聖神子の元に向かったスサノ達。その第一報をもたらすはずの、連絡役のドッコが未だ姿を見せないのだ。
 逆さまになったピエトロの顔が、アリの前に降りてくる。
「ボクも一緒に行こうかなあー」
「お前は来んな!」
 アリはカッカしたまんま、ピエトロの頭を横にどかす。
「アリ。気になる気持ちは、私も同じだけど、今はスサノ達に任せようよ」
 ロビンは思慮深い落ち着いた声で。
「時間がかかるかもしれない。スサノ達がやらねばならないことは、悲しい仕事なんだからね」
 ロビンの隣でピエトロがつぶやく。
「誰かの幸せの裏には、誰かの不幸せがある」
 ロビンがピエトロに続く。
「ふた姫を共に幸せにすることは、同時に、共に不幸せにすることだ」
 アリは溜息をついてから、スサノ達がいる方向に視線をやり、
「アイツ、優しすぎるからなあ・・・」
 冷酷になりきれない。今頃、苦しんでいなきゃいいけど。

「好きだの嫌いだのなんて、本人達だけにやらせておいちゃいけないのかなあ」
 ポツリとアリがつぶやいた。
「どちらを選ぶかなんて、あの男に決めさせちゃえばいいんだ。自然の成り行きに委ねることは、そんなにいけないことなのかな・・・・」
「でも、彼だったら、どっちもって言いそうだよね」
 ピエトロが茶化すように、横から入る。
「だっから、頭に来るんだよ!女の子の心を何だと思ってるんだってさ」
 アリは可憐な口元をへの字に曲げた。
「ロビン、アンタがいつも言ってる通りさ。ふた姫は同時には幸せにはなれないって。どっちも好きだなんて、悲しいだけだよ」
 アリは眉をしかめて、口調を強める。
「アタシは異彩姫に幸せになって欲しい。でもさっ!聖神子に、あんな処置をとるのは、頭では分かっちゃあいるけど、飲み込めない部分もあるんだ・・・」
「全ては、ひかりの超聖神様がお決めになることだよ、アリ」
 と、ロビンは虚空を見上げて言う。アリに、この先を言わせてはならない・・・・・・。
「鳥の目が見てる」
 囁くロビンに、上を見上げたアリの目に映るものは、暗黒の宙に輝く無限なる星々だった。
「アタシ達って、一体、何なのかなあ。男の子だったのに、女の子になって。・・・次は一体、何になるんだろう・・・」
 流れ星が尾をひく。あの星はどこに行き、どこに帰るのだろう。
「アタシ達は当事者のようでいて、当事者ではないのかもね・・・」
 ピエトロは優しく微笑んで。
「アリ、ひとまず、ボクらの姫様の幸せを祈ろうよ。ボクらに出来ることは、それしかないんだから」
「・・・・・・。あんな真っ黒なヤツを好きになって、幸せになれるのかなあ」
 二人に背を向けたアリは、泣きそうな顔を上に上げれば。
「恋は理屈じゃないよ」
 ピエトロがアリの柔らかい髪の上に、ポンと手をおく。
「好きになっちゃったもんは、しょうがないじゃない?」


おわり