蓮園を追われる
メディアとアリババ



 「お前をオリンの側に付けたのは、間違いだったようじゃ。どうせ、お前があらぬことをオリンに吹き込んだのだろう?」
「メディア様。恐れながら、私をオリン様の従者とせしは、メディア様の御意志。・・・このような事態になることは、容易にご想像できたのでは?」
 ペガ・アリババは赤い前髪の下にのぞく目を、三日月に。口元は、御前の女主人、メディアと同じマスクに隠され、伺えないが。
 メディアは、ふっと優雅に目をつむり。
「お前は、ワラワのせい、とでも言いたいようじゃなあ・・・」
 と、嫌味事を言うが、その声に厳しさは微塵もない。
 段下で片膝をつき、仰ぎ見る従者。その彼との会話を、まるで軽口の叩き合いを、楽しんでいるかのように。
「・・・・・・オリン様はメディア様と、よく似ていらっしゃる」
 アリババは動ぜずに、そう、にこやかに申し上げるだけ。面を伏せた。

「そうじゃな。ナニカに反発したがる、強情な性分。ワラワ似かもしれん」
 うっすらと微笑を浮かべ、メディアは目を開ける。
 が、表情を一瞬にして、険しゅうする。
「しかし、この件。決して許されるものではない。己の立場を省みずに。・・・曼聖羅の王女。その役割すら、わきまえずに」
 メディアの瞳が、鋭い光を放つ。
「次界への侵攻を止めよ、など・・・」
 うつむき続けるアリババに、メディアは視線を投げかけ。
 したり。
「お前が次界に抱く想いが、」
「メディア様!」
 顔を上げたアリババは、ぴしゃりと静かに、メディアの言葉の先を止める。
「私は曼聖羅に属せし者。・・・昔はどうあれ。曼聖羅の、メディア様の御意志に従います」
 淡々と申す、その言葉に偽りは無し。
「ただ、」
 と、アリババは続ける。
「私は今、オリン様に従うよう命を受けている身。故に。メディア様の御意志に従うべきか。オリン様の御意志に従うべきか。不肖なる私は、想い悩む次第であります」
「ふっ」
 思わずメディアは、声に出して一笑する。
(相も変わらず、言うものよ・・・)
 ニヤリと、彼を見下げる。
 これが、曼聖羅の『純粋なる臣下』であれば、こうはならない。彼等にとって、メディアとは、母。絶対なる創造主たる。
 しかし、曼聖羅にあって異質な因子である、アリババ。彼はいつも、彼女の想像を越え、思惑を越え、思わぬ反応を示してくれる。
 だからこそ、コイツは、オモシロイ。

「ワラワがお前をオリンに付けた理由。それは何も、オリンを次界びいきにせよと、命じた訳ではないよ」
「承知しております」
「オリンには新しい風が必要だったのだ・・・。曼聖羅とは異質の。大いなる、この世界を知るために・・・」
 そう・・・。お前を知った時に、お前の中に見出したものは可能性である。
「お前は、その役割を果たした。オリンは変わった。・・・しかし、よもや、このような決意をオリンが固める結果になろうとは・・・」
 涼やかな眉間に、深い皺を刻む。
「曼聖羅しか知らぬ箱入り娘のオリンが、お前を通して、別の世界を知ったのだ。・・・そして、己の判断の下、己の意志を貫こうとしている・・・」
 ふと、声に強さが抜ける。
「喜ばしいことじゃ。本来はな・・・」
 けれども、すぐに、険しさを取り戻し、
「しかし、曼聖羅の意志に逆らう者を、曼聖羅に置くわけにはいかぬ」
 ずきりとメディアの心に、先程のオリンの言葉が疼いた。
 オリンは憎まれ口をたたいて、此処を去っていった。
 まったく。親の気持ちを子は分からぬものよな・・・。

 メディアの視線と、深い青さを湛えた、アリババの無垢なる瞳が、真っ直ぐに重なる。
「アリババ。お前に元々、そのような意志があったかどうかは、ワラワにも判断しかねる。ただ、結果は事実を如実に語るものよ。お前が、オリンの造反に荷担したと思われても、仕方あるまいな?」
「・・・・・・はい」
「お前の言動が、オリンに強い影響を与えてきた。それは否定できぬ。ワラワは、お前の罪を問わねばならない」
 メディアは手に持つ杖の先を、アリババに突きつける。
「お前を曼聖羅より追放する。二度と、この地に足を踏み入ることは許さぬ!」
「かしこまりました」
 アリババは恭しく頭を下げ、ターバンの羽根飾りが揺れる。
「先に曼聖羅を追われしオリン様の後を、直ちに追います」
「・・・・・・。勝手にするがよい・・・」
 メディアは横を向く。
「お前は最早、曼聖羅の者ではない。・・・天聖界に戻ることすら、お前の自由ぞ・・・」
「実際に体験するは聞くことに勝る。これより、オリン様が天を駈け抜け、風を肌で感じ、多くの星々と巡り会う。その果てに、どのようなご決断をオリン様がなされるのか。見守っていきたいと存じます・・・」
 アリババはすくりと立ち上がった。そして、眼前のメディアに微笑む。
「メディア様に拾われし、ご恩。一生、忘れません・・・・・・」
 メディアは実に素っ気なく応える。
「お前を曼聖羅に拾い上げたことが、お前にとっての『幸福』だったかは、知らぬがな。・・・それに、お前の一生など、アテにはならぬよ!」