砂漠の花
ピーターとアリババ

 
 僕の故郷はもうない。
 悪魔に滅ぼされてしまった。
 僕の心に残る故郷は、黒く焼き焦げてしまった世界。闇が支配する、命の消えた世界。
 だから、僕は美しいものが好きだ。
 醜く、荒れ果ててしまった世界は、僕の心を、・・・・・・悲しくさせる。

「うっわあー!砂漠だ!」
 騎神アリババは、めちゃくちゃ嬉しそうに、砂漠に飛び込んでいった。
 最後の若神子を探すべく、三人旅をしていたピーターとフッドを置いて。
「俺の故郷、オアシスの里にそっくりだ」
 わあっと、はしゃぐアリババ。
 砂漠の上を四本足で走り回り、ジェット噴射で金色の砂漠の上空を、自由に飛び回り、一通り、遊び回ってから、二人の所に戻ってきた。
「お前達も来ないのか?」
「・・・君の故郷は聖夢源じゃなかったのかい?」
 両眉を上げ下げして、訝しげにピーター神子。
「聖夢源は、草木が咲き誇る、美しい場所だと聞いていたが・・・」
「そうだよ!でも、聖夢源を出てから、長い間、オアシスの里に住んでたんだ。あそこは、故郷も同然だよ。ヤマトや聖フェニックス様達と出会ったのも、あそこだったしな」

 ピーターは顔をしかめて、
「・・・・・・虚無だな・・・・・・」
「え?」
「・・・・・・何も無い・・・・・・」
 ぷいっと、ピーターは、砂漠から顔を背ける。
「どうしたんだ?さえない面して」
 アリババが心配そうにピーターを覗き込めば。
「僕は・・・、砂漠が・・・、キライなんだ・・・」
 ピーターはアリババに一瞥すらすることなく、答える。
「俺は、このだだ広い光景が大好きだけどな」
 砂漠を背にして、両腕を広げ、アリババは明るく言う。
「だって、どこまでも遠くへ、行けそうな気がするじゃないか!」

「イヤ・・・。別に、君の気分を害そうと思って、言った訳ではないんだ。ただ、僕は、僕の感想を述べただけだよ」
 ピーターはクールに言う。
「砂漠には何も無い。・・・灼熱の世界は、生物を慈しみもしないんだ・・・」
 彼は険しく、眉を顰める。
(砂漠なんて、・・・・・・悪魔の世界だ・・・・・・)
「ピーター。何も無いってことは、逆に、これから、何でも作れるってことじゃないのか?」
 アリババは両腕をターバンの上で組み、のんきに言う。
「みんなで力を合わせれば、この砂漠にも水を引いて、雨を降らせて、日陰も作って、緑豊かな土地に出来るかもしれない。まあ、それが本当に必要なのかは、知らないけど。ここには、無限の可能性があるかもしれないんだ。それに、俺は、この砂漠の果てに何があるのかな?、って思うだけで、とってもワクワクするけどな」

「それに、砂漠をバカにすんなよー」
 おどけた調子でアリババは言うと、砂漠にしゃがみ込み、ピーター達に、来い来い、と手招きをする。
「ほら!」
 砂漠を掘って、その砂を両手いっぱいに、すくってみせる。
 と、そこに、枝のような細い体に、八本の足がくっついている虫がいる。体の先っぽから飛び出た丸い目は、明るい太陽の元にいきなり出されて、びっくりしている。
「砂漠にだって、ちゃあんと、生き物はいるんだぜ。暑くて、水もほとんどないけど、こうして精一杯生きている奴らもいるんだ!」
 ピーターとフッドは、そのピンク色をした初めて見る生物を、珍しそうに、しげしげと眺める。
「それにもう、こいつらは砂漠でしか生きられないようになってるんだよ」
 不安そうな目でおどおどしていた虫を、アリババは、きちんと元の砂の中に戻してやった。

「確かに、砂漠はコワイよ。下手に砂漠に入れば、死んでしまうもの。でも、ちゃんと砂漠でも大丈夫なように、用意をしていけばいいんだ。砂漠の世界の方に、こっちが合わせればいいんだ。・・・それに、砂漠があるからこそ、オアシスの存在が有り難く思えるんじゃないかな」
 そう言って、アリババは遠くに見えるオアシスを指さす。砂漠の先に、青々した泉と、もこもこした緑の木々が望む。
 快活に笑うアリババの姿が、ピーターには、何だか、まぶしく見えた。

 遠くに、砂漠を眺めながら、ピーターは一言も喋らなくなってしまった。
 それで、アリババは楽しそうに陽気に付け加えたのだった。
「ピーターは、たしかキレイなものが好きだったな!それなら、また今夜にでも、ここにくればいいんだよ」
 アリババは、無心な笑顔を向ける。
「夜、月に照らされた砂漠が、一面銀色に光るんだ。とっても、キレイだぜ!」

 くすり、と、ピーターが笑みをこぼした。
「君の目には、全てのことが魅力的に映るんだろうね・・・・・・。この乾燥し荒涼とした砂漠でさえも、君にとっては、光の満ちた、夢の世界なんだ」
 ピーターは、今となっては違った風に見えだした、広大な砂漠を遙かまで見渡す。
 この不毛の大地であっても、生き生きと輝く。
 そう、君は・・・。砂漠に咲く、一輪の花・・・・・・。
(何、小難しいこと、言ってるんだろ?コイツ)
 アリババは腕組みをして、不思議そうに首をかしげる。
(俺はただ、俺が好きな砂漠を好きになって欲しかっただけなのに)


おわり