薄情なヒト。
自分の用が済んだら、さっさと行ってしまうのね。
別れの言葉はあった? 消えてしまった。いつの間にやら。
私達はいつも一緒だった。常に側にいたのは貴方だけ。
一方的に終わりを決めたのは貴方で、私は決して終わりにはしていない。
・・・・ねえ。声を聞かせてよ。
今でも私は、貴方を必要としているのに。
***
新河系の春に咲く花をサクラと言うらしい。
故郷の蓮の花と同じ色をしたソレを、オリンはとても気に入っている。
よく晴れた暖かなある日、サクラの木の下で、花見というのをやった。新世界に共存する、全ての種族の主だった者が集まり、それは賑やかで楽しい宴だった。ピンクに染まった、満開のサクラの森は、笑いに満ち、これが皆が望んだ平和なのだと、オリンは喜びをかみしめた。
しかし一方で、オリンはその場にいなかったヒトを想い、悲しかった。
オリンは宴の後のサクラの森を、一人で歩いている。
栄華を誇ったサクラは盛りを過ぎ、花びらは散り始めていた。
一陣の風が吹き、散る花びらの中に現れたそのヒトに、オリンは責めるように言ったのだった。
「どこに行っていたのです?ペガ・アリババ」
アリババはいつものように、オリンの前に跪く。
「花見は終わってしまいましたよ。・・・・顔を上げて」
アリババは立ち上がる。
「お母様からの用事ではないのでしょう?」
「自分の用を済ませに。暇をもらっておりました」
「天聖界に?それとも、どこか?」
「・・・・そうですね・・・・」
と、言葉を濁すアリババに。
「貴方はこの頃、私に会いに来てもくれませんね」
オリンはアリババから顔を背け、サクラの木に囲まれた小道を歩き始めた。
その姫の後を、アリババは付く。
空は青空である。そよ風は、季節外れか、少しだけ冷たい。
オリンは口を固く閉じたままである。表情も険しいままである。
久しぶりに会えたのに。こんな風にしたかったのではないのに。
(アリババがワルイんだ!)
オリンは黙々と歩きながら思う。
(薄情だから・・・)
自分の背後に感じるアリババを恨んだ。
それは、当たり前のことだったのだ。今のように。
何を言わなくても、何をしなくても、アリババは側にいる。いつも一緒にいる。
それが無くなってしまったのは、いつからだったろう?
曼聖羅と次界が手を取り合ってから?それとも、私がマルコの手を取った時から?
(・・・・アリババ。何か、喋ってよ!)
オリンは一際大きいサクラの木の下で立ち止まった。そして、つぶやくように言った。
「本当に楽しい花見でした・・・・」
枝を大きく広げるサクラを見上げる。
「サクラは満開で。みんなが集まって。笑って、騒いで、」
後ろを振り返る。
「マルコ達なんて、まんじゅうの早食い競争をしたのよ。ネイロスも一緒になって、ムキになっちゃって。マルコったら、今でも『花より団子』なんだから!」
目の前の、変わらずに優しいアリババの眼差しに、オリンの心は安らいだ。
「だから、貴方も一緒に。・・・・一緒に花見がしたかったんです」
アリババは悲しげな目をして、オリンに詫びた。
「申し訳ありません」
オリンはうつむいて、胸はいっぱいになって、
(アリババがワルイんじゃない!!)
目頭が熱くなるのを感じた。
(何故、もう私の側にいてくれないのですか?)
ずっと心から叫びたい問いを、オリンは怖くて発することができない。
『役目は終わりました』
そう、アリババはどこか寂しげな微笑を浮かべて言うだろう。
全ての終わり。
「私には心から大切なヒトが二人います」
オリンは顔を上げずに。
「もう一人にも側にいて欲しい。そう願うことは、私のワガママでしょうか?」
アリババの手がそっとオリンの肩に触れ、顔を上げたオリンを迎えたのは、
「ワガママではありませんよ」
と、ニッコリしたアリババの笑顔だった。
「未だ、サクラは終わっていませんよ。散るサクラの方が美しいというヒトもいます。サクラ吹雪と言って」
ハラハラと宙に舞う、無数の花びらに手を伸ばした。
「これから、一緒に花見をしませんか?二人きりで」
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