「俺が釣りをしたことがあるように思うか?」
「ぜんぜん」
一本釣帝は笑顔で即答。
「だいたい、釣りは一人で黙々とやってる方が面白いんじゃないのか?」
と、眉を下げて、騎神アリババが口をとがらせれば。
「そりゃ、そういう時もあるけど。今日は誰かと一緒に釣りをしたい気分なんだ。今日は、俺とお前以外、みんな出払ってるしさあ」
「だからって、何も、俺を誘わなくても・・・」
小声でぶつくさ。
「俺は、あの、ずうーと、同じ所で待っていなきゃいけないってのが、性に合わないんだ」
「まあまあ。そんなこと言わないでさあ。試しにやってみろよー」
と、一本釣はアリババに竿を手渡す。
「はまれば、楽しいぞ」
「そんなもんかいな」
アリババは白いしっぽをふらふらさせながら、海を望む岩場に座る。
(このしっぽは、イイおとりになるだろうなあ)
など、一本釣がじっと見ていると、ばさっと、尻尾が下におりて。
「何、見てんだよ」
アリババは眉をしかめて、じとっと睨み、一本釣は笑いながら頭をかいて。
「スマンスマン」
一本釣は針に手際よくエサを付けていき、余裕の声をかける。
「アリババ。虫苦手なら、つけてやるぞ」
「大丈夫だっ!」
アリババは慣れない手つきで、細長いニョロニョロの物体を、どうにか針につけた。
「で、」
と、アリババが立ち上がる。
「こうやって、針を海に入れればいいのか」
アリババは、さっさと竿を振る。
「おい!ちょっと待てよ!」
一本釣の制止もきかず、 針は後ろに飛んでいき、二人の背後の岩の間にひっかかった。
「あ〜あ」
一本釣は呆れて、
「そんな適当に、竿を大振りする奴がいるかよ・・・」
「イイだろ!」
アリババは顔を真っ赤にして怒鳴り、一本釣が、自分の岩に挟まった針と、絡まった糸を元に戻してくれるのを待っている。
「よく見てろよ。始めの内は、こういう風に、静かに投げるんだ」
一本釣は海に正面と向き、竿を体の斜め前に構える。手首を返して、竿を一度斜め後方に振り、スナップをきかせて竿を前に放る。
針がぽちゃんと海に入る。
(地味・・・・・・)
アリババとしては、竿を上段構えに、思いっきり振り下ろしたいもんだ。
(はああ・・・・)
アリババは一本釣に教わった通りに、針を海に落としてから、どすんと腰を降ろした。
(・・・・・・眠い)
青い空はのどかだし、青い海は穏やかだし、竿なんて、ちっとも動かないし・・・。
隣りの一本釣を見れば、竿をちゃんと手に握っていて、時々、くいくいと小さな動きで、竿を引いたりしている。でも、アリババには何をやっているのだか、さっぱり分からない。
一本釣は、何を楽しそうにしてるんだか・・・。
「ふわああ・・・・」
と、大きな欠伸をする。
一方、一本釣も、アリババの様子を伺う。
もう、すでに、アリババは自分の竿を竿掛け台に置いてしまっている。
それどころか、海を向いているアリババの頭がゆっくりゆっくり、揺れている、揺れている・・・。
(あっ!)
がくんと頭が下に落ちてからは、くかーと居眠りを始めてしまった。
(早い、早い!)
流石は、『夢』の若神子だけはある。
四本足の馬座りのアリババの安らかな寝顔を、あちゃーと眺める。
(せっかく、釣りの楽しさを教えてやろうと思ったのになあ・・・)
と、残念そうに、波のない海を眺める。
一本釣が持っていた竿に、引きがきた。
「おい!アリババ!アリババ!」
ビニル長靴を履いた足で、一本釣はアリババの体を小突く。
「来たぞ!魚っ!」
「本当か?!」
アリババが目を輝かせて、飛び上がる。
一本釣は竿をアリババに手渡し。
「いいか。今はゆっくり待つんだぞ。合図をしたら、一気に引き上げるんだ!」
アリババの手には竿を通して、魚が動く強い力が伝わってくる。
「今だ!」
ぐいっと、竿を持ち上げ、後ろへ。針にかかった魚は宙を飛び、岩場へ。
「釣れた!」
岩場の上で、元気良くピチピチ飛び上がる魚を認めて、アリババが満面の笑顔で叫んだ。
「アリババ、よくやったじゃないか!こいつは、なかなか上物だぞ」
二人で手を取り合って喜びあった。
と、
「って、これ、お前の竿じゃねえか!」
釣り上げた魚をバケツに入れてから、アリババは竿を見て、ようやく気付く。
「ああ。だけど、釣り上げたのは、お前さ!」
一本釣りはそう言ってニコニコ笑うが、アリババの顔からは笑みが消え、竿掛け台に起きっぱなしだった自分の竿を手にとる。
そして、座る。
「やっぱり、自分で頑張らなきゃ、だめだ」
と、アリババは一人で呟き、一本釣がさっきやっていたように、見よう見まねで、クイクイと竿を引きだす。
「おい、一本釣!こういう風に、竿を動かしていけばいいのか?!」
「ああ。でも、あんまり動かし過ぎても、だめだぜー」
一本釣も再び、針にエサをつけ、竿を海に投げた。
隣りのアリババはとても一生懸命な顔をして、海を見詰めている。
一本釣は、その様子がちょっと可笑しくて、
「今度は寝るなよー!」
「ああ!」
おわり
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