クールビズ 中編 〜夏の白球を追え!
フッドとアリババ



「ふふふふふ・・・・・・。いよいよ、試合も明日に迫ったな・・・・・・」
 暗闇に浮かび上がる、青冷めた顔。ひざまずき、首を垂れる、もう一人の悪魔に向かい。
「あの天使どもが、我が悪魔達に為す術もなく敗れる!こてんぱんに!」
 血の気の無い、薄っぺらな口びるが、ニヤリと歪む。
「わははははー!ざまあーみろだあ!!!」
「あれは、スーパーデビル!」
 と、物陰に身を潜めるアリババ。
 捕らわれたメンバーを救出すべく、悪魔のアジト『泥んこ谷』に忍び込んだ三人。
 薄暗い洞穴に、スーパーデビルの高笑いが響き渡る。
「しかも、わざと、負けるのだ!あの天使どもがっ!」
「スーパーデビル様も、試合をご観戦に?」
 巨大なカタツムリの姿をした悪魔が、かしこまって聞く。
「勿論。天使が無様に負ける様を、ゆっくり観戦させてもらうよ」
 スーパーデビルは、まやかしのクロスの杖を手にし、紫色のローブを頭からかぶった。
 アリババは、
「天魔界には、テレビが無いみたいだな・・・・・・」
「しっかり見張っておれよ」
「ヘイ」
 黒い球体がその姿を包み、スーパーデビルは、その場から瞬く間に消えた。
 件の三人のメンバーは、ロープで体をぐるぐる巻きにされ、三人まとめて天井から吊されている。目をつぶり、ぐったりして動かない。
「くっ!」
 と、アリババが聖夢剣を抜き、飛び出そうとする。
「待て、騎神アリババ」
 魯神フッドが、アリババの肩に手を乗せる。
「この謀略の背後には、スーパーデビルがいる。スーパーデビルが相手では、万に一つでも、私達に勝ち目は無い」
「でも!」
 冷静なフッドに、アリババが噛みつく。
「早く助けなければ、アイツらがっ」
「ギリギリまで待つんだ。試合に間に合う時間まで。試合さえ始まれば、スーパーデビルでも手を出せない。夢の球宴を襲うなんて、体裁が悪いからね」


(・・・・・・。ネムイ・・・・・・)
 早朝。朝の白い靄が、泥んこ谷にたちこめる中。悪魔、雨の邪鬼は洞穴で、飛び出た触角の先にある目玉をぶるんぶるん振るわせて、ぶちぶち愚痴る。
(スーパーデビル様ったら。人質の見張りをアチキだけに、押しつけやがって。こいつらを捕らえてから、こちとら、一睡もしていない)
 まぶたが、とろんと落ち始める。
(ああ、・・・・・・ネムイ・・・・・・)
 洞穴の入り口の方で、がさっと音がし、見れば、下半身が白い馬。白い翼の生えたペガサスの子供。
 雨の邪鬼は、一気に目を覚まして怒鳴る。
 「ダレだっ!」
 いたずらっぽい顔をした、その天使は、ベロをだして、あっかんべえー。
 後ろを向いて、白いしっぽをフリフリ。
「このガキがあ!」
 雨の邪鬼の頭から湯気が噴き出し、外に躍り出る。天使は、ひょいと身を翻し、後ろに下がる。
「この〜!」
 と、雨の邪鬼は、ぬるぬるした体をさらにぬめらせて、天使を追う。天使は少しづつ間を取りながら、崖から崖へと軽快にジャンプ、悪魔から逃げ回る。
 谷の中程まで下り追いかけた所で、しかし、雨の邪鬼ははたと気付いた。
 洞穴に慌てて戻り、そのまま人質がいることを確認した。
(・・・・・・何だ?今の天使は)
 しばらくして、また洞穴の入り口に天使が現れる。今度は、別の天使。緑色の服を着て、マントをつけている。
「・・・・・・美しくないな」
「ムキー!」となった、雨の邪鬼は、洞穴を抜け出し、その天使を追う。しかし、散々追いかけまわしたあげくに、再び、人質を思い出し、洞穴に戻る。
 洞穴には、何一つ変わった様子はない。
「うう・・・。試合が・・・・・・」
 天井から吊された人質の一人がうめくと、
「うるさいぞ!」
 不機嫌な雨の邪鬼は、畳んだパラソルで、虎の頭をパチコンとはたいた。

「それにしても、ピーターは手先が器用だな」
「もう少し時間があれば、もっと精巧なものが作れたんだけどね」
 ピーターが少し悔しそうに、はにかむ。
(うんにゃ。これで十分)
 と、アリババは、抱きしめていた、ユニフォームを着た虎のぬいぐるみの、細かく再現された毛の一本一本に感心する。
「さあ、今度は貴方の番ですよ」
 はしごに昇ったピーターが、セントスターソードを手にする。
「・・・・・・かたじけない」
 ブチッと、虎の頭をした毛むくじゃらの天使を縛るロープを切った。
「貴方も、すぐに此処から逃げてください。この谷の入り口で、タコイカ天女達が待っています」
「試合までの時間は?」
「後、二時間ほど。ですから、急いで!」
 天聖界チームの最後のメンバーは、二人に心からの感謝を述べて、洞穴を出て行った。
「アリババ。そっちは終わったかい?」
「ああ」
 ピーター手作りの虎のぬいぐるみを、ロープでぐるぐる巻きにして、先程と同じように天井から吊り下げる。
 これで、人質全員分の入れ替えが完了した。
「フッドは頭がいいなあ。こんな作戦を思い付くなんて」
 一人が囮になり悪魔を誘い出している内に、人質とぬいぐるみを密かに交換して、少しづつ救出する。
「俺だけだったら、真っ向から勝負をしていたよ」
「フッドは頭脳派だからね。でも、それも僕達の連携プレーがあってこそ。それに、君には君の良さがある・・・・・・」
 と、ピーターは微笑む。
「さ、僕達も急いで此処を離れよう。ぬいぐるみだけでは、悪魔にばれるのも時間の問題さ」

 魯神フッドを追いかけましたあげく、逃げられた雨の邪鬼は、這々の体で洞穴に戻ってきた。
(フムフム。人質は、ちゃんと無事だな)
 満足そうに、ニヤケて、暗がりの彼等をからかう。
「そろそろ試合が始まるぞー。悔しいカアー?」
 反応がない。とうとう、完全にふてくされたかと思い、近づき、パラソルで小突いてみるが、・・・・・・アレ?
「あの天使どもー!」
 雨の邪鬼は、三人のぬいぐるみを叩き落とし、背の巻き貝に生えるトゲを逆立たせて叫んだ。
 三人は途中で落ち合い、谷底を走っている。
「まだ、ここにいたのか!」
 前方に、さっき助けたばかりの天使がよろよろ歩いている。
「・・・どうにも、うまく走れなくて・・・」
 追いついた三人に、天使はそこにうずくまる。ずっと、ロープで縛られていたもんだから。
「しょうがないなー。俺の背中に乗れよ」
 と、アリババが白い背中を向けた時。
「注意報ナリ!注意報ナリ!気をつけるナリ!」
 つぎはぎだらけのてるてる坊主が、雲を髪飾りに登場する。
「お前は、お守りのてるてる雲助!」
「晴れのち雨!晴れのち雨!晴れのち、『すぐ』雨!!!」
 ドシャー!バケツをひっくり返した豪雨が三人+二人に襲い降る。
「じとーり、じとりと雨の中〜」
 崖の上の黒い靄の中から、パラソルをさした悪魔が現れる。
「ぴっちぴっち、じゃぶじゃぶ、ウレシイなあ〜」
 ズルズルっと、雨の邪鬼。
「天使の皆様、コンニチハ〜。夏の暑さに、突然の雨の味は、ドウデス〜?」
 一向に降り止まない土砂降りの雨を仰ぎ、フッドは。
(確かに、この雨は、暑い日差しに焼かれた我々にとっては、恵みの雨・・・・・・)
 しかし、
「な!」
 豪雨で酷くぬかるんだ地面に足が、体がはまっていく!
「かかったなあ〜!」と、雨の邪鬼。
「これこそ、ジトジトビッチャン念魔ァ! この雨にあたった天使は、泥に足をとられて動けなくなるのだ〜」
 アリババ達の体が、どんどん泥の中に沈んでいく。
「これで、グラウンドも、悪魔好みのグッチョグチョのジットジトじゃあ〜」


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