パンゲ編




 火の章 (2)



 その道はどこまでも長く続くように思われた。
 風の大層の宮殿の、シスの部屋へと続く回廊をいく、一本釣とダンジャックには。
 カツカツカツと二人の早足で進む足音だけが、実にはっきりと聞こえる。夜がかなり遅いこともあるが、今日のこの道は、いやにやけにひっそりと静まり返っていて、それが二人の重苦しい胸を、さらにきつく締め付けるようであった。
(・・・俺達は間に合わなかった!)
 一本釣は薄暗い回廊の先を睨んでいた。
 夜の帳の降りた金の大層に二人が到着した時、そこにいたのは、風の大層に保護されていた金の大層の臣下、錬金三術師のみ。彼等は空から沈黙の金の大層を見下ろしていた。
「何が起こったのか、我々にも分かりません・・・」
 鉄のマスクを嵌めた金のアルミディアは、二人の問いに、うなだれて答えた。
「我々が、シス殿の報せを受けて、ここに辿り着いた時には、もう、この通り・・・」
「・・・・・・僕達に、ゴーディ様の為さることをお止めすることはできません。僕達は、ラシア様をお救いすることができなかったのですから・・・」
 あどけなさを残す金のチータンは、錬金の術によってラシアの『サビ』を止めることができなかった自分達の無力さを嘆いた。
 鳥の口ばしと黄金の髪を持つ金のプラチアは、下の光景をぼんやりと眺めていた。
「ゴーディ様はお優しい方なのですよ。いつも、ラシア様のことを気遣われていた・・・」
 そして、彼女は呟いた。
「・・・・・どうして、こんなことになってしまったんでしょう・・・・」
 一本釣とダンジャックは金の大層を後にして、風の大層に急ぎ向かった。もしヤマトが無事であるのならば、風の大層に向かうはず、牛若は・・・。途中で、風の大層の使いと合流し、ヤマトが無事に風の大層に保護されたことを聞いた、牛若は・・・?
(牛若・・・・!!)
 ダンジャックは眉をしかめ、顔をゆがめた。
 牛若の気配が完全に消えてしまっている。金の大層に向かう途中、牛若の理力が大きく強く膨らんだのを感じた。直後、パンと風船が弾けたように、牛若の理力が消えた。それから何も伝わってこない。風の大層の使者は牛若について何も語らなかった。牛若はどうなったのか?
 二人は、ある一つの結論に達することを怯えていた。いや、そんな結論は認められないし、認めたくない。たとえ、状況が最悪の事態を示していたとしても。『彼』の口から直接聞くまでは!

「お帰りなさい。お二人とも」
 ノックもせずに部屋に入ってきた二人を、シスは優しい笑顔で出迎えた。
「無事で何よりです」
 そう言って、体を少しもたれかけていたソファから、身を起こした。
「ヤマトは!」
 一本釣は息も荒く、シスに詰め寄る。
「ヤマトは奥の部屋で休んでいます。ひどく傷ついて・・・」
 シスは木目の床と白い壁の広々とした部屋に目をやる。こちらのドアとは反対の方にもドアがある。一本釣は言う。
「ヤマトと話がしたい。部屋まで案内してくれないか」
「それは出来ません」
 シスは穏やかに物言い優雅に立ち上がると、一本釣と向き合った。
「ヤマトには休息が必要です。体も心も傷ついている。今はただ、安らかに眠らせてあげたい」
「俺達はヤマトに確認することがある。今すぐに!」
 鼻先で一歩も退こうともしない彼女に、一本釣は声を荒げて、つっかかった。
「傷ついても、すぐに立ち上がれる。俺達はそうやって生きてきた!」
「それは次界でのことでしょう。ここはパンゲ。風の大層」
 口元がくすりと笑った。
「その主たる私の意志には従って頂きたい・・・」
 シスの深い緑の瞳が、一本釣の瞳をひたりと射抜いた。
「あなた方が知りたいことならば、私がお話し致しましょう」
 彼女は向かいのソファに座るように、二人に促した。
「それとも、私の口からでは不服ですか?」

「シス・・・」
 無言だったダンジャックが口を開く。
「こんな夜更けに貴女の部屋に突然押し掛けてすまなかった」
 気丈に振舞っていても、肩から薄いショールをかけているシスは、とても疲れているように、ダンジャックには見えた。
「いいえ。あなた方がここに来る事は予想していましたから」
「あと、ありがとう。ヤマトを助けてくれて」
「私は何もしていません。メンゴクウがヤマトを連れ帰ってくれました」
 シスの背後、部屋の隅にあるもう一つの大きなソファの上に、メンゴクウが座っていた。伸ばした足の上には毛布が掛けられ、頭に包帯を巻いたメンゴクウは、先程までそこで眠っていたようだった。
「シス。俺達が知りたいことは、」
 ダンジャックはそこで一旦目を閉じ、息をつき、心を決め、震えそうな声を抑えて尋ねた。
「牛若は死んだのか?」
「はい」
 いつもと変わらぬ調子で、シスは答えた。
「なぜ!」
 一本釣が大声を張り上げた。
「なんで牛若が死んだんだ!」
 身を乗り出して、一本釣が詰め寄る。

「順を追って、説明しなければなりません」
 シスは冷静に言葉を継いだ。
 金の大層に蠢いていた巨大な闇の力。それがパンゲに召喚されようとしていたアリババだったこと。そして、それは二人を金の大層に誘き寄せる罠でもあった。二人は別々に引き離され、牛若はおそらくゴーディと戦い、ヤマトは未だ目覚めていない不完全なアリババと再会した。ヤマトは自分の理力を使って、アリババを闇の力から開放しようとしたが、願いは空しく、アリババは悪魔として目覚めてしまった。
「その時、メンゴクウは金の大層の近くで待機していました。けれど、天地を揺るがす凄まじい衝撃に、心配したメンゴクウは金の大層に飛び込んでしまった。そこでゴーディに捕まり、囮に使われたのです。また、ゴーディは金の大層から二人を逃がさぬために結界を張りました」
「結界?」
「大層の中心部を全て覆いつくすほどの巨大なものです。私はこの目で、彼女の結界を見たことはありませんが、心当たりはあります」
 シスの表情に一瞬冷たいものがよぎった。
「おそらく、金の大層の主、もしくは同等の牛若殿の力でしか破壊できないものだったでしょう」
 気絶していたヤマトを聖風花ライドに乗せ、牛若は一人、ゴーディの元に向かった。メンゴクウをヤマトの元へ逃がし、自身は結界の破壊へと。意識を取り戻したヤマトとメンゴクウが牛若を助けに、牛若を発見した時。
「牛若殿が理力の全てを注ぎ込み、ゴーディの結界を破壊したところでした。そして、・・・」
 これまで淡々と続いていた彼女の話が一瞬止まり、けれども、すぐに彼女は話を再開した。
「アリババ殿の剣が牛若殿の体を貫きました」
「バカな!」
 一本釣が取り乱して叫んだ。
「そんなこと!ありえない!」
「悪魔化したアリババ殿が牛若殿を殺したのです。メンゴクウと、・・・ヤマトが、それを目撃しています」


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