パンゲ編




 火の章 (7)



 「遅いぞ」
 宮殿の白い円柱。その影から現れるフッド。いつもの厳しい顔でピーターをじっと睨む。
 緑を基調とした鎧が鈍く光る。
 鮮やかな、紅の鎧を纏うのはピーター。彼女は全く悪びれることなくニッコリ微笑んで。
 「女の身支度には時間がかかるんだヨ。・・・・それに、」
 近づいてくる人影。大きい。朝の清清しい空気が豹変する。緊迫する。
 「僕らの大将も、今、御到着さ」


 扉が開かれる。
 ほどばしる光。非常に背高い、純白の玉座の間の扉が。
 視界に開けるのは、荘厳なる玉座の間の光景。両側に連なる、各大層の面々。
 その中央の道をゆっくりと歩む。
 後ろには、フッドとピーターの二人の部下を従えて。
 前方に望むのは、我が主君。
 ハムラビが配下の者どもを見渡し、口を開いた。
「全くの初めての者や、」
 左に、表情を崩さない土の大層の面々と、
「既に見知った者もいるだろうが、」
 右に、水の大層の臣下、そしてゴーディの横を通り過ぎる。
「諸君、紹介しよう」
 ハムラビが立ち上がり、涙型の飾りがついた御印を少し上げ、
「乱れたパンゲを一つに統一し、この地に曼聖羅を復興せしめる、その尊きエイムのため。・・・異聖神が我に遣わした、最強の戦士、」
 十二の鬼の面が威圧する恐怖の鎧を身にまとう、男。
「デューク・アリババ」
 アリババは静かにマントを翻すと、片膝をつき、壇上のハムラビに深々と頭を下げる。彼の後ろに並ぶ二人も、彼に沿い、同じように恭しく礼を示した。

 ハムラビの指示で、三人が立ち上がる。
「これより我が軍は、アリババを総大将として迎え入れる。皆には、私の名代と思い、アリババに従っていただきたい」
 ハムラビは眼下に目を遣る。
「アリババ。土の大層マッドーチェが主、アンセス殿」
 『土の巨人』はこちらを向いたアリババの目をじっと見る。そして、威風堂々たる態度で会釈をした。
「フィアン殿」
「ヨロシク」
 ニイッと息子のフィアンは不敵に微笑む。
「金の大層メタメンデル、・・・ゴーディ殿」
 ゴーディは腰の大剣を抜き、横にした刀身に左手を当てると、剣を前にあげ、深く頭を下げる。それが戦士の忠義の礼である。
 続き、一通り紹介を終えたハムラビは、玉座に腰を下ろした。
「アリババの復活により、すでにパンゲの覇権は決まった」
 満足そうに、そう言った。
「まずは宿敵、火の大層を討つ。・・・・・・再三の警告を無視し、火の大層が主、ファイアークのドス・オックス兄弟どもは、水の大層の境界を侵すのを止めぬ。最早、温情の時間は切れた。降伏の意思無きものとして、完膚なきまでに火の大層を叩く」
 ハムラビはうっすら笑み。
「アリババ。それが、このパンゲに完全復活したお前の初仕事だ」
 右手を胸元にあて、アリババはスイとお辞儀をした。
「沈黙を続ける他の大層の主も、火の大層の滅亡によって、考えを改めるだろう。・・・それが火の大層攻略の目的の一つでもある・・・」

「ハムラビ殿」
 と、口を挟んだのは。金の大層が主、ゴーディ・メタメンデル。
 腕を組む彼女は、玉座を見上げて平然と言った。
「風の大層はどうなさるおつもりか?」
 微かに顔色を変えたハムラビが、挑発的な口調の彼女を見下ろせば。
「アリババ様がいらっしゃる前に、話にでると思っていたが。・・・聞くところによれば、ヤマトども、残りのパンゲアクターどもは皆、風の大層にかくまわれているそうだが?」
 ハムラビは渋い顔を押し隠し、アリババを見遣る。
 風の大層の一件。他言は無用ときつく申し渡したのに!
「申し訳ございません」
 アリババの背後から凛とした女の声。
「僕です」
 と、ツカと一歩踏み出し、申し訳なさそうな表情をハムラビに向けるピーター。魅惑的な眉下げるピーターの眼差しが、アリババに向けられたハムラビの非難の目とかちあう、まるでハムラビの小さい思いなんてお見通しのように。
 ハムラビはぷいと目を反らした。短く息を、つまらぬそうに吐いた。
 ピーターが再び、アリババの影に戻り思うには。
(女同士のウワサ話にチャチャをいれるなんて無粋だよネ)

 ゴーディは続けて。
「私に水の大層の部隊を一個小隊でもお貸し頂ければ、風の大層に攻め入ろうが?」
「風の大層の処置に関しては、未だ議論が必要だ」
「ほう・・・」
 ハムラビの返事に、ゴーディが含みがちに声をもらし、一方の肩をひょいと上げる。
「風の大層は我々に抵抗の意思を示してはいない。・・・無論、恭順の意も示してはいないが・・・。これから風の大層に改めて意思の確認を、・・・・・・あきらかとなった事実をつきつけ、糾す予定だ」
 ハムラビは王らしく堂々と物言い、
「シス殿も、残りのパンゲアクターどもの引渡しに応じるかもしれない」
「『あの』シス殿が?」
 ニヤっと笑い、顔を伏せたゴーディに、思わずハムラビも一瞬ムッとする。
「長引く戦いは、この弱りきったパンゲをさらに疲弊させるぞ。パンゲを一つに統一し、安寧をもたらしたいと言うのであれば、アリババ様の力でもって、一気に片をつけるべきだと思うが」
 ゴーディが腰にさした大剣のツカを親指でチンと鳴らして。
「そのために、アリババ様をパンゲに召喚されたのであろう?」
「私は安易に戦いを求めているわけではない。話し合いで解決できるのであれば、それに勝ることはない」
 ハムラビは言う。
(よく言うわ)と、ゴーディは鼻で笑う。

 場にひととき戻った沈黙に、ハムラビは居住まいを正し、ちょいと一言、鼻持ちならぬ彼女に言ってやりたい気持ちになれば。
「ゴーディ殿には、アリババの復活に関し、大変お世話になったな。パンゲアクターも一人、片付けることができた」
「・・・自身のケリをつけたまでよ」
 ゴーディが事も無げに言う。
「アリババの配下に加わることを条件に、ゴーディ殿には我が傘下に加わって頂いた。・・・・・・ゴーディ殿は随分とご執心のようだな?我が『部下』のアリババに」
「如何にも」
 ゴーディは即答した。目を閉じ、真実の笑みを湛えて言うには。
「アリババ様は、我の金の大層を差し上げても、余りある御方・・・」
「ぷ、はっ!」
 大きな笑い声が上がる。静かな玉座の間のいずこから。そして、すぐに押し殺した笑いに変わっても、ハハハと愉快に続けば。ゴーディの向こう側、ハムラビの右手、土の大層から。口を片手で押さえ、笑いを必死で抑えようとする。
 土の大層が主、フィアン・マッドーチェ。
「いや、失敬!」
 フィアンは、口を押さえていない方の片手を軽く上げ、ややあって、笑いを止めると。
「いや、なに!鉄の女は未だ健在だとね!」
 隣りで父アンセスが目でたしなめる。それに、くいと頭を下げて非礼を詫び、羽織の襟元を直して、ゴーディを見て言うには。
「安心したよ!ゴーディ殿。妙にしおらしくなられても、扱いに困ると思っていたんでね」
「フィアン・マッドーチェ殿。それは私の台詞」
 ゴーディはクスリとして、横目をフィアンの笑顔に流し、軽口を。
「パンゲ六大層の雄、土の大層が、一戦も交えず、大人しく水の大層に組するなど・・・。どんな臆病風に吹かれたかと思っていたが・・・」
 彫りの深い目元、眼光鋭く、人の心を射抜くような、ぐりんぐりんとしたフィアンの瞳と真っ向から向き合い。
「策士フィアン殿には、何かお考えがあってのことではなかろうか?」
 フィアンはブンブン片手を振った。
「いやいや!我々はパンゲの平和を第一にしただけだよ!我々が争っても意味は無い。源層界より来たりし、異聖神のお墨付きとあっては、我々にそれを拒む理由はないよ」



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