異聖の系子・1
ハムラビ・シーゲル

 
「お前とは初めて会った気がせぬよ」
 と、水の大層ハムラビ・シーゲルは、親愛なる友に言う。
「私も、お前と同じ。この浜辺に流れ着き、拾われた。生まれて間もなき頃・・・」
 異星メディサは、彼の隣に。二人の眼前に広がる広大な海は、雲の無き空の青さを映し、波も無く穏やかに凪ぐ。
「水の大層が主、シーゲルタートル。義理とはいえ、私は心から父として敬慕しているよ」
 ハムラビは軽くメディサに笑いかける。
「お前も、故郷、曼聖羅が恋しいか?」
「曼聖羅は、私の全て」
 細い眼の奥に隠された赤い瞳が鋭く光る。
「私は母上様が放たれた異聖矢。新天地の探索こそが、私の使命」
 一切迷いの無い、彼の瞳に、ハムラビは眉をひそめた。
「お前が故郷を想う気持ちは分かっている。しかし、それはお前を縛り付ける鎖でもないだろうか」
 ハムラビは柔らかな微笑を浮かべる。
「お前の全てが曼聖羅では、悲しいな。私は」

「お前は、この私に、曼聖羅の再興を願う。六つに分裂した大層を再び一つに。水の大層として、新たなる曼聖羅として」
 ハムラビは少し顔をしかめ。
「それは私に、この醜き戦いに加われということだ。他大層を侵略せよと」
 傍らのメディサに。
「お前にはすまないが、私に、その意志はないよ。ただ、この水の大層を護る力さえあれば良い」
 ハムラビはそう言い、左腕を大きく広げて、メディサに眼前の青い海を示した。
「この海を見よ。今、海は安らかに凪いでいるが、ひとたび嵐ともなれば、多くの命を海の藻屑と消し去ろう」
 海面に、光り輝く太陽の、光の道が伸びる。
「水は命を慈しみもするが、奪いもするのだ・・・・・・」
 彼はふうと重い息を吐きだし。
「水、土、金、森、火、風・・・・・・。六大層、全ての力の調和がとれて、このパンゲは成り立っている。六大層、どれかが欠けてもならない。共に、繁栄の道を選ばねばならぬのに」
 眉をよせた顔を、メディサに向ける。
「どうすれば、この戦いを終わらせられるのだろうか?私はそれを考えている」

「ハムラビ様。何故、争いは尽きぬと思われますか?」
 感情を表に出さないメディサが淡々と物言う。
「彼の地の、天聖天魔の大戦。古くは、源層界の・・・。全ては一つの世界の分裂から始まった。『違う』ということが、全ての争いを招く。全てが『同じ』であれば、争いが起きようはずがない。この世界には、一人の強大なるヘッドが必要なのです。一つの世界に一つの秩序を。唯一無二の絶対的な神・・・」
 優しげな眼差しを投げかける。
「ハムラビ様。私が今日、貴方をここへお呼びだてしたのは、ハムラビ様に真なる力をお渡しするため。そして、最期のお別れを。新たなる曼聖羅の地を探し出す・・・。使命を果たした今、私の命の時間は終わろうとしています・・・・・・」
「何を言う。そのようなこと」
 メディサのひたむきな視線に、彼の覚悟を見て取ったハムラビは、声を荒げる。
「生きるのだ!お前の命は、曼聖羅のためだけにあるのか!」
(貴方こそ、曼聖羅の王にふさわしい・・・・・・)
 それは、音ではなく、ハムラビの頭に直接響きし言葉。
(・・・・・・我が力の全てを、我が命を捧げん)
 高く、メディサの体が見上げるまでに、大きく大きくなる。すでに、彼の体は水へと変化し、目と鼻と口の輪郭をわずかに残すだけである。
 メディサの巨大な波は、真っ直ぐに、ハムラビの頭上から襲いかかり、あっという間に彼を呑み込んだ。
(・・・・・・私の王よ・・・・・・。・・・・・・貴方と一つに・・・・・・!)
「うわあああああ!」
 自分の体内に、何かが入り込む。足先から頭のてっぺんまで、強い力が一気に体をくまなく駆け巡る。体内にひしひしと漲る大きく強い力に、ハムラビの意識が飛んだ。


 闇。
(・・・・・・選ばれし、異聖の系子よ・・・・・・。運命の歯車は回り始めた・・・・・・)
(このパンゲに破壊と再生の時が訪れる・・・・・・)
(新しき、真なる王の誕生を、我等は祝福せん・・・・・・)
「・・・・・・。お前達は、誰だ・・・・・・」
 目を開けたハムラビは、暗黒に響き渡る、薄気味の悪い無数の声に訊く。
 体は未だ思うように動かぬ。
(我等は、創聖使影。異聖の神に仕えし者・・・・・・)
(遙か太古の昔、源層界より追放されし神の系・・・・・・)
(我等は、聖魔の歴史を影より導いてきた・・・・・・)
 ケケケケケと、奇怪な笑い声が続く。
 六人。ハムラビは揺らぐ視界に彼等を捉えるが、姿形は詳しく分からぬ。ただ闇にあって、その闇よりも暗く。うずめく何かの塊が、闇に漂う彼を囲んでいる。
(魔念力に目覚めし、我等の王よ・・・・・・。さらなる力を我等は与えん・・・・・・ )
(そして、この乱れたパンゲを統一し、曼聖羅へ・・・・・・)
「や、やめろ!私は六大層の支配者となることを望んではいない!」
 ハムラビは腕を振り叫ぶ。しかし、その手には知らぬ間に、切っ先鋭き大剣が握られている。
(貴方は、自身の非力ゆえに、心に眠る野望から、目を背けていただけのこと・・・・・・)
(貴方の優しき心が、内なる破壊の力を抑え、貴方の王力を自ら潰していたのだ・・・・・・)
(貴方は、真の王となるべき生まれた者。崇高なる魂・・・・・・)
 自分の元にじわりじわりと近付いてくる影に、ハムラビは眉をつり上げ、怒鳴りつけた。
「私に血みどろの戦いの覇者になれと!争いなど醜き!」
 ケケケケケケ・・・・・・。影は笑う。
(王が自らの手を血に汚すことなど不要・・・・・・)
(我等は貴方に捧げる。曼聖羅に縁深しき者を・・・・・・)
(ハムラビ様に忠実なる下僕。魔界強者を・・・・・・)
(そして、貴方のおっしゃる、この醜き争いに、終止符を打つのです・・・・・・)

(・・・・・・アトランチン・・・・・・、中核を呼び覚まし・・・・・・・・・・・・)




「いつから、そこに居た?アリババ」
 海を望む白い神殿のテラス。長椅子に横になり、しばし、まどろんでいた水の大層の主は、ゆっくり体を起こした。
 ハムラビはテラスの数段高くなった所にいる。その段下で、アリババは主君に敬意を払い、片膝をつき、頭を低うする。
 十二の鬼の面を宿す奇怪な鎧で全身を被いし狂戦士。デューク。魔界君主の称号を授かりし此の者は、戦闘時以外は、生を忘れた影のように、存在を全く感じさせぬ。
 一向に口を開こうとしない彼に、
「相も変わらず、お前に喋る口はないようだ」
 ハムラビは蔑むように言い放ち、長椅子の背に、ゆったりともたれた。
「・・・・・・過去を思い出していた・・・・・・。私が異星メディサから力を受け取り、パンゲを統べる王となる啓示を受けた時だ・・・」
 彼は腕を背もたれにまわし、頬杖をついた。
「では、報告を聞かせてもらおう、アリババ」



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