げんそう界からの使者  <中編>
ヤマトとアリババ



「オイッ!待て!アリババ!」
 大声で、ヤマトが飛び出す。
 野聖エルサMがキングフット聖棒で、魔スターPがいる方角を指し示した。すぐさま、その方に向かい、脇目もふらずに一直線、飛び出したアリババを追って。
「アリババ神帝!ヤマト神帝!」
 引き留める野聖エルサMの叫びも、無論、空しく。二人の姿は、すでに暗い靄の中。

 ゴードン神、魔スターPは、一人、足場の無い空間に佇んでいた。
 古聖紐で固く縛られた獣の口。そこから覗く、魔牙、太く尖った牙と牙とをギリリと噛み締めている。遙か太古の昔から終わることのない、野聖エルサMとの『追いかけっこ』。
(まったくアノ女は、シツコイったら、ありゃしない・・・)
 先刻、野聖エルサMから逃げ出してきた彼は、フンと鼻を鳴らすのだ。
「覚悟しろ!魔スターP!」
 上空の靄を突き破り、アリババ神帝が魔スターPに突っ込んできたのは、そんな折りの事。見上げた魔スターPは、アリババ神帝の背後に、彼女がいないことをチラリと確認して、夢鏡剣を彼の断聖魔剣で受ける。
 アリババ神帝の剣は、彼にとっては軽い。
「お前の相手など、している暇はないわ!」
 アリババの体の倍以上ある大柄な魔スターP。目と鼻の先で、ぐわりと口を開け、小さなアリババを威嚇する。しかし、アリババはひるむことなく、
「バカにするなあ!」
 合わさった剣を押し続ける。
「ボクもいるぞ!」
 と、魔スターPの背後からかかる高い声。猛スピードで接近してくる敵を、風で感じ取る魔スターP。
「フン!」
 彼は強引に、自分の剣を抑えていた、アリババの剣を横になぎ倒す。剣を握り締めるアリババの体が共に吹っ飛ぶ。そして、突進してきたヤマトの剣を受け流し、ヤマトの背中目掛けて、剣を。ヤマトは体の向きを変え日出剣で受ける。が、剣圧凄まじく、
「わああああ!」
 すっ飛ばされる。
「ヤマト!」
 体勢を立て直したアリババは急遽、空気の渦に落とされそうになったヤマトに向かって飛び、彼の体をキャッチする。いや、勢い強く、ぶつかったとでもいうべきか。
「このコワッパどもが!瞬動師、いるか!」
「お呼びで・・・」
 牙を剥き出す赤い顔を青い面で覆う。魔スターPの配下、ゴードン師が一人、魔スターPの元に闇から現れる。
「こいつらの相手をしてやれ!」
「かしこまりました・・・・・・・」
 一瞬にして、瞬動師の姿がかき消える。アリババとヤマトの目には。けれども、すぐに、瞬動師の姿が目に入る。抱き合う二人のすぐ目の前。
「ヒャヒャヒャヒャ!」
 耳をつんざく薄気味ワルイ笑い声。二人を襲う、体当たりの衝撃。瞬動師はアリババとヤマト諸共に、渦巻く空気の中に落ちていく。
 その光景を見下ろし、魔スターPは。
「俺に向かってくるなど、十年早いわ」
「それなら、私が相手をしよう!」
 瞬間移動。野聖エルサMが涼やかに登場。魔スターPは、鼻に深い皺を寄せる。
「おのれ。また、現れおって!」


「魔瞬時ー!」
 二人と相対する瞬動師は、魔波級の魔移動スピードを披露する。
「速さなら、負けないぞ!」
 ヤマト神帝もお得意の技で、螺旋を巻いた構造物の間を高速移動。消えて現れる、消えて現れる瞬動師を狙いうつ。しかし、名前の通り、瞬時に移動する瞬動師の動きの全てを、ヤマトであっても、完全に把握することはできない。
 一方の瞬動師も飛行力の劣るアリババに狙いを定める。
 右に夢鏡剣、左に明星クィーンの顔が彫られた盾でもって、身構えるアリババに対し、前から後ろから、右から左から、ひっきりなしに瞬動師が襲い掛かる。焦ってはならぬと分かってはいても、しつこくまとわりつく敵、僅かにとらえた敵の軌跡、・・・すでに通り過ぎた後だったが・・・、に向かって、夢鏡剣を振り下ろすアリババ。が、逆に、ガツンと背後から大きな衝撃が走り、盾をあえなく手から落とし。右の剣も、心ならずも、弾き飛ばされる。
「アリババ!」
 すかさずヤマトは、丸腰になったアリババと、今まさに振り下ろされる敵の武器との間に立ち塞がり、アリババを抱き、横に飛んで身をかわす。
 助けられたアリババが身を起こそうとした時、だが、身をおこそうとしたヤマトはよろめき、右足のかかと近くを押さえる。押さえるヤマトの手の指の間から、にじむ赤い血。アリババは、「ヤマト!」と、彼の名を言い、かばうように寄り添う。
「これがとどめだ!魔紀元巨石!」
 瞬動師の手から、彼の武器である、刃と削られた漆黒の石の塊が宙に浮く。手で握れるほどだった小さな石は、見る見る内に大きくなり、巨大な岩になり、地に膝をつく二人の上に。二人の姿を隠し、二人を押し潰さんと。落ちる!
「うう・・・」
 と、岩の下からもれる、小さなあえぎ声。
 岩の下にはアリババ。仰向けに両腕をつっぱり、巨石を受け止めている。
「うっ!」と、うなり、さらに大きくなり、重みを増した岩に、両ひじを少し曲げる。
「早く!」
 アリババが声を振り絞る。
「ヤマト!ここから出るんだ!」
「何、言ってるんだ!」
 身をひねり、隣のヤマトも巨石を支える手に加わる。
「お前こそ!早く!」
「ハーハッハッハ!」
 瞬動師は、悪者笑いを気持ち良くして、二人の上にのしかかる魔紀元巨石の重さをもう一段階あげる。

 その時。突如現れた長い棒。グイーンと伸びて、棒の頭が巨大な岩の側面を打つ。弾かれた巨石は、魔法を解かれたように元の大きさに戻り、瞬動師の足下に落ちる。
 颯爽と登場した、二つの影。
「ダレだ!邪魔をしたヤツは!」
「一合キャノンだ!」
「コマ送鈴だコマ〜」
 聖恵スーツで身を固め、マスクで隠した口元、上で結わえた長いポニーテールが揺れる、天使、聖刺格神が一人、一合キャノン。連れは、小さく真ん丸、お地蔵様顔の、お守り、コマ送鈴。
「お前等ごときが、俺の速さについてこれるかー!」
 と、二人に襲い掛かかるべく姿を消した瞬動師に、コマ送鈴は、
「守念写力〜!」
 経本のように折り畳まれた本を上に掲げ、自然に任せ、パタパタパタパタとページをめくる。次々めくられる白紙のページは、瞬動師の姿を映し出したところで、ピタリと止まる。
「あっちでコマ〜!」
 錫杖で、その方を示せば、
「よし!」
 と、一合キャノンは、高魔エネルギーの射撃に、いざ。
 えいやとばかりに、一合キャノンが握る棒がぐいぐい伸び、何もないはずの空を撃つ。何かにぶつかる音。たしかな手応え。腹を押さえた瞬動師の姿が、バッと現れる。
 そして。「くそ!」と再び姿を消す瞬動師に、「あっちでコマ〜!」と空を指し示すコマ送鈴。「よし!」と、武器を伸ばす一合キャノン。
 幾度繰り返したか。コマ送鈴の目測はあやまたず、一合キャノンの一撃必中。あまた、瞬動師をうつ。「なんでだ?」と、怯える瞬動師は遂に、「覚えてろよ!」と、捨て台詞を残して逃げていった。

「大丈夫でしたか?」
 こちらに駆け寄ってきた天使とお守りコンビに、アリババはヤマトの怪我をした足に理力を送っていた、その手を一旦休めて立ち上がる。
「すごいな・・・。キミ達は。俺は手も足もでなかったのに・・・」
 心から二人に感嘆するアリババに、一合キャノンは照れくさそうに。
「いえ。ボク達は、二人揃ってやっと一人前なんです」
「そうでコマー。一人一人の能力ではとっても悪魔に勝てないコマ。だからこうして、いつも二人で協力してるでコマ」
「そうか・・・・」
 アリババはうつむき、独り言。
「・・・・・・俺は、自分のことばかり、考えてたみたいだ・・・・・」
 また、ヤマトの横に膝をつく。ヤマトの足の傷に手をあて。白い光がぽうと傷口を包み込む。
「もう、大丈夫だよ!アリババ神帝。ありがとう!」
 ヤマト神帝は瞳を弓にして、怪我した足の足先を元気に動かしてみせるが、未だ傷はふさがっていない。アリババ神帝は口を結び、自分の理力を送り続ける。
「大変だコマ〜!」
「どうした?!コマ送鈴!」
 コマ送鈴のたすきが激しく点滅。慌てふためくコマ送鈴に、一合キャノンが尋ねる。コマ送鈴の本が異常なほど速い速さでめくられていき、魔スターPの絵で止まる。
「ヘッドロココ様達のところに、魔スターPが接近中だコマ〜!」
 アリババの肩に手をのせ、ヤマトが立ち上がる。
「アリババ、行くぞ!」
「ああ!」
 うなづく、アリババ。

後編