それは多分わずかな間 (1)
ヤマトとアリババ

 

 「本当に、お前は相変わらずだなあー。すぐに単独行動に走るんだから」
(それは、お前もだろ)
 ヤマトは心でツッコミを入れる。
 二人でやってきた草原で、聖Iアリババは足を伸ばし、聖Vヤマトはあぐらを組んでいる。 
「まあ、今日は此処でゆっくりしてけよ。どうせ一日くらいは、ちゃんと休みを取ってきたんだろう?」
「まあね」
「俺も、今日は暇なんだ!丁度、俺の分の整備が昨日で終わったところだからな」 
 と、アリババは伸ばした両足の一方だけを、上にヒョイと上げる。
 聖ボット化した両足の。
 ズボンの裾から、銀色の金属で出来た足首から先。
 ヤマトはそれを見て、一瞬、どきっとなったが、アリババはそのことを全く気にしていないようなので、気にしない素振りをする。
「はああー」
 アリババは何とも気の抜けた声をもらし、両手を枕に、ゴロンと草原に横になろうとする。が、
「わあ!」
 と、痛そうな声を張り上げ、跳ね起きた。
 思い切り、上から体で踏んでしまった、背中に生えた大きな翼を、びっくりしたように、パタパタと数回羽ばたかせる。
 アリババはヤマトに苦笑いをし。
「すぐに、これのこと、忘れちゃうんだよなー」
「若神子の時には、翼があっただろう」
 (しかも馬だったし、)と、ヤマトは胸の内で付け加えるが。
「そうだけどさっ。もう、大分、昔のことだからなあ・・・・・・」
 ぶちぶち言いながら、羽ばたかせていた翼を下に下ろす。

 心地よい風。
 アリババは、じっくりと、聖フラダイスの芽生えたばかりの緑の草原を見渡す。
「本当に、ここは良い所だなあ。・・・・・・まるで、天聖界にいるみたいだ」
 まぶしい光。澄み渡る青い空に、なだらかな丘。どこまでも続く草原。
 アリババは、折り曲げた膝に頬杖をついて。
「・・・・・・ここから、そう遠くない所で、戦いが続いているなんて。全く、思えない静けさだな」
「うん」
 ヤマトがうなづく。アリババは体を少し乗り出すと、連れに。
「次動ネブラを見てきたよ!お前が考え出しそうな、愉快な場所だったな」
「愉快ってっ!」
 ヤマトがぷっと笑う。
「元気が満ち溢れていてさー。そう、聖動源みたいに、」
「聖動源を見てきたのかい?」
「ああ。・・・お前の故郷を、さ」
 アリババはちょっとうつむいてから、また顔を上げ。
「ロココ様がいない間、お前がみんなを引っ張ってきたんだよな」
 ヤマトをじっと見て。
「お前は、本当によく頑張ったよ!」
 と、アリババは屈託のない満面の笑顔を向けるのだ。
 ひととき、沈黙が入る。
「・・・・・・・なんで、泣いてるんだ?」
「う・・・・・・」
 ヤマトは、目元をごしごしと拭く。
「珍しく、俺はお前を誉めてやったんだぞ」
「うん・・・。・・・・・・何でもない・・・・・・」
「・・・・・・相変わらずだな。お前」
 ヤマトは涙もろいったら。

「そうだ。アロー、・・・ストライク天使はどうしてる?」
 と、アリババは明るく訊き、交差した足を逆にする。
「元気にしてるよ」
「お前と一緒に此処に来るんだって、駄々をこねなかったのか?」
「最近、ストライク天使は、ワガママを言わなくなったんだ」
「ふうん・・・・・・」
 アリババは横目でヤマトを伺い、ニヤリとして、
「お前ら、次動ネブラで二人っきりだったそうだな」
 真っ赤になったヤマトは、滅茶滅茶あたふたして、
「べ、別にっ、何もしてないよー!」
「するって、何のことだー」
 ヤマトは話をはぐらかそうと、ポンと一回手を叩き、
「お前だってさあ!あんなキレイなお姉さんが、いつも側にいて。ウラヤマシイなあ〜」
「ショウシャン王のことか?彼女は、そんなんじゃないよ」
 アリババは急に顔を曇らせた。
「彼女はシャーマンカーン様ゆかりの天使なんだ。俺の面倒をみるように頼まれていて。彼女には、悪いことをしていると思ってる・・・・・・」
(悪いこと?・・・・・・彼女は別に嫌がっている風にはみえないけど、)
 それどころか、とヤマトは思ったが、しかし、アリババの辛そうな横顔に、これ以上触れないでおく。

「・・・・・・。・・・・・・ヤマト。・・・一つ聞きたいんだけど、・・・」
 アリババがちらりと横で、小さく言う。躊躇いがちに。ヤマトも、そちらを向き。
「『動』の理球を生み出した時。・・・・・・何か、見なかったか?」
「ナニを?」
「イヤ。・・・・・・それなら、いい・・・・・・」
 静かに、さり気なく、そう答えて、草原の彼方に目を移す。
 ヤマトは、そんなアリババの姿に顔をしかめると。
「・・・・・・・。・・・・・・なんで、そうやって、いつも黙ってしまうんだい?」
「ヤマト?」
 アリババは振り向き。いつになく、ヤマトが声の調子を険しくしたので。
「いつも、お前はそうやって、一番肝心なことをボクに話してくれないんだ」
 アリババは眉を下げ。
「すまない。・・・・・・本当に、気にしないでくれ」
 申し訳なさそうに、両肩を小さくすぼめて。
「本当に、何でもないことだから・・・・・・」
「じゃあ、何で、そんな暗い顔をしてるんだ!」
「・・・・・・」
「何か、悩んでいるのか?困っていることでもあるんじゃないのか?!」
「俺は、大丈夫・・・・・・」
「お前が大丈夫と言う時は、全然、大丈夫じゃないんだ!」
 怒ったように、眉をつり上げる。
「・・・・・・どうしたんだ、ヤマト?」
 ふうと大袈裟にアリババは息を吐いて。
「今日は、何だか、おかしい・・・・・・」
 連絡もよこさずに、いきなり一人で、ここに現れたうえに。
 ヤマトは、少し間を空けてから、口を開く。
「ボクは、お前の力になりたいんだ」
 誠実な眼差しで。
「お前を守りたい」

 アリババは思いっきり吹き出して、
「何言ってんだよ!お前!」
 声をだして、カラカラ笑いだす。
「もしかして。お前は俺が弱いと思っているのか?」
 と、アリババはちょっと眉間をしかめて、ムッとして。
「なめんなよ!こっちだって、パワーアップしてるんだ。お前にかばってもらう必要なんて無いぜ」
 ニッと歯を見せて、軽く言い放つ。
「・・・・・・そうじゃない・・・・・・」
 それでも、ヤマトの真剣な態度は変わらずに。
「・・・・・・。・・・もし、この体について思うことがあれば、それはお前の考え過ぎだ・・・」
 アリババは少し目元を暗くして、自分の体の一部、聖ボット化した部分に視線を流す。魔洗礼の傷跡が残る。
「このお陰で、今こうして、俺は、お前達と同じ所にいる・・・・・・」
「・・・・・・ボクは、お前の気持ちを全く分かっていなかった・・・・・・」
 ヤマトはうつむいたまま、重い声を絞り出す。
「・・・・・・ずっと、謝りたかった」

 呼吸を整える。
 勢いに乗じ、打ち明けてしまった想いに。
 ・・・少し、後悔を覚え。けれど全てをありのままに伝えるのが、結局はお互いのためだ。嘘、偽りなく。
 それが仲間じゃないか・・・。
「ボクも、次動ネブラで悪魔になって、・・・・・・。不完全だったけれど、・・・・・・」
 アリババを見ずに。
「お前に、ボクは、」
「言うな!ヤマト!」
 突如、言葉を遮った、アリババのひどく乱れた声に、そちらを振り返れば。
「聞きたくない・・・・・・」
 と、かすれる声を吐きだし、背を向け、アリババは黙り込む。
 ヤマトは、驚いた。
 黄金の翼に、草原を思わせる明るい黄緑色の、長く美しい髪がかかる。
 その後ろ姿は、明らかに自分を拒絶している・・・。
 アリババは、ヤマトとは正反対の方を真っ直ぐに向いて、じっと固まっていた。
 ヤマトは呆然として、そのままアリババの後ろ姿を見ることにも耐えられず、目を背ける。
 長い沈黙が続く中、ヤマトは、よく考えもせずに、自分の気持ちだけを一方的に押しつけようとしていたことに気付く。
 そして、一言だけ、口にする。
「・・・・・・ごめん」
 アリババはすくりと立ち上がる。
「・・・・・・ヤマト。ここから先のエリアの様子を、少し見ておこうと思うんだ」
 見上げたアリババは、いつもの笑顔を浮かべていた。
「一緒に来てくれるよな」


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