それは多分わずかな間 (2)
ヤマトとアリババ


 聖フラダイスの辺境。上空に浮かぶ、二人の天使。
 足下。広がる不毛の黒い大地には、一人程度通れる穴が、ここからは、ほんの小さいが、ぼつぼつと、無数に開いている。壊れかかり、一部は岩に埋まっている。
 ヤマトが言うには、これらはかつて、逆エンパイアの入り口だったところ。大半はダミーであるが、聖フラダイスの地下に築かれた、悪魔の一大帝国に続く穴があった。今でも、時々、悪魔がでるらしい。
「未だ、悪魔は一掃できてないんだな・・・」
 ヤマトの説明に、アリババが少し顔をひそめ、今度は遙か前方、霞んでみえる山脈に目を向ける。そして、壮大なスケールに、すっかり圧倒されたように。
 「話には聞いていたけど、スゴイなあ・・・」
 灰色の山脈が、聖フラダイスを囲むように、延々と横に連なる。端すら見えない。重苦しい雲が山脈にのしかかる。そのため、天を突き抜く頂上は、常に全く伺えない。
 次界第4エリア、天蓋瀑布は、この険しい山脈の長い峡谷を越えた先にある。
「何人かが、頂上を目指したんだけど、結局ムリだったよ。・・・・・・天安京の『アクマガエシ』みたいなもんさ」
 と、ヤマト。
「あと、あの山脈にたどり着くまでも、結構苦労するかもしれないな。悪魔の残党が多く残っているから」
「俺達、聖ボット軍団は強いぜ!」
 と、アリババが得意げに言えば、
「知ってるよ」
 『悪魔だまり』を突破し、智道から聖フラダイスに到達した速さは驚異的だった。聖ボット軍団の実力、だけでなく、パワーアップしたアリババの存在が、下級悪魔を寄せ付けなかった、ということだろう。
「俺にとっては、あの峡谷が少し、シンパイ」
 アリババは懐から出した地図を広げる。天使達が作成したルート地図を。
 ヤマトが「どれどれ」と、赤い印でいっぱいの地図を覗き込む。
「あ!このルートは、よした方がいい。ココに来るまで、何回か悪魔にあったよ」
「でも、この人数では、この道幅の広いルートを使うしかない」
「じゃあ、二つのグループに分かれて、こちらのルートを。一方を、ボクが受け持つってのは、どうだい」
「それじゃあ、お前が、アチラに合流するのが遅くなる」
「そうだけど、ボクがココに来ることを、ロココ様がお許し下さったのは、多分、お前をサポートするようにってことだと思うんだ」
「・・・・・・・。すまない。助かる」
「いいってことさ!」
 聖フラダイスを照らす、双子の陽。
 その最後の一方も、地に沈もうとしていた。地平線を鮮やかに染め上げる。
「もう、そろそろ戻るか・・・」
 沈む陽の光に目を細め、顔は朱色に照らされて。冷たくなってきた風が、二人の髪をなびかせる。
「夜、お前のために、『お楽しみ』を用意してるんだぜ」

「随分と豪勢だな!」
 と、ヤマトが目を見張ったのは、宿営地のテントに置かれたテーブルの上に、料理やら酒やらが、はみ出るぐらいの勢いで並べられていたため。すでに、二十人ぐらいの面子が、大きなテントの中に納まり、好き勝手にお喋りをしている。
 アリババは、いたずらっぽい瞳でウィンクをし、親指と人差し指で丸をつくり、
「スーパーゼウス様から、ちっとは余裕をもって、もらってるんだ!お前だって、久しぶりに、天聖界の料理を食べたいだろう」
 それはそう。テーブルには、天聖界でしか手に入らない、懐かしい食材の料理が、とても美味しそうだ。
 アリババは、少し真面目にもなり。
「それに、明日から、本格的に戦場に入る。今日ぐらいは、どんちゃん騒ぎをしておきたい」
「アリババ様!始まりの挨拶をお願いしますよ!」
 待ちに待ったリーダーの到着に気付いた周りから、やんややんやと声がかかった。
「ああ!」
 ヤマトと共に上座に着いたアリババは、威勢良く返事をし、
「みんな、お疲れ様!今夜は、じゃんじゃん、騒いでくれ!」
 と、至極手短な挨拶。みんなを見渡し、
「乾杯!」
「乾杯!」
 と、周りが続く。賑やかな宴会が始まる。
 アリババは隣のヤマトに向き直り、にこっと笑って、
「ほい。かんぱい」
 と、お互いのグラスを、ガツンとぶつける。

 席に落ち着き、二人で酒を酌み交わす。
 ちなみに椅子は聖ボット軍団開発のすてぃーる製の折り畳み椅子。遠征時には、重宝するぜ、等と、アリババは自慢をし。
 調子良く、二杯、三杯。
「お前・・・。もう、ほんのちょっとだけど、顔が赤いけど、どのくらい飲めるんだ?」
「ん。ま、ぼちぼち」
 と、頬杖をついたアリババは目を線にし、グラスの酒をゆるりと回す。
「お前は強そうだなあ。なんてったって、一気酔剣だもんな」
「ま。ボクも、ぼちぼち」
「そうか。お前とこうして飲むの『初めて』、なんだ。付き合い、長いのにな」
「次界探索の時は、酔っぱらう余裕なんて全く無かったし。若神子の時は子供だった」
「じゃあ、もう、ちょっと飲んどくか!」
 アリババは気合い十分、自分の空になったグラスをヤマトに、ぐいと突き出す。
 ヤマトは注いでやりながら。
「・・・・・・。大丈夫かな〜」
「ハハハ!大丈夫、大丈夫!節度は守るってばさ!」
 と、アリババは破顔一笑、陽気に笑う。

「おい!ミッケ太坊!今、いいぞ!」
 ふいにアリババが、向こうの席に向かって大きく手招きをする。ひょっこり現れた小さなお守りが、チョチョ走りで、こちらに来る。
 二人の前で、緑の体の頬を赤らめ、両手は後ろに、何だかもじもじしている。
「ほら!」
 と、アリババが肩を突き促しても、そわそわしたまま。
 アリババは、ミッケ太坊の背中に腕を回して、ヤマトに笑って。
「こいつ、お前の大ファンなんだってさ。サインが欲しいんだとさ!」
「・・・・・・お願いしましゅ」
 と、小さなお守りは頭を深々と下げ、両手に持ったペンと色紙をヤマトに差し出した。
「ああ・・・」
 と、ヤマトがちょっと困った顔をアリババに見せれば、(いいじゃん、いいじゃん)と、ニヤリとアリババが目配せ。ヤマトはそれらを受け取り、さらりと書いて、それを見せた。
「はい」
「アリガトウでしゅ!」
 と、ミッケ太坊の表情は喜びに輝き、さらに興奮して。
「本当は、コレに、ストライク天使さんのサインも一緒にもらえたら、最高でしたッ!!」
「え?」
 ヤマトの目が点になる一方、ミッケ太坊の声は、さらに力強く。
「ラヴラヴな御二人の仲に、憧れていましゅッ!!!」
「・・・あ、・・・そう・・・・・・」
「なら、俺が代わりに書いてやるよ!」
 アリババは楽しそうに言うやいなや、ひょいとヤマトの手から、ペンと色紙を抜き取り、すらすらと自分の名をヤマトの隣に書き加える。
「ほら」
 と、ミッケ太坊は差し出された色紙を受け取り、
「・・・・・・。・・・・・・、何か、方向性が違ってしまった気がしましゅが、・・・」
 ミッケ太坊の点になった目は、すぐに満面の笑みに変わり。
「コレはソレで、とても嬉しいでしゅッ!」
「だろー」
「家宝にしましゅッ!!」
 と、喜び勇んで二人にお辞儀をし、浮かれ足で、ぺたぺた自分の席に戻る。

「ああー!そうなんだよなー!」
 突然、ヤマトは椅子に身を放り投げ、手足を伸ばす。
「お前が、ここのリーダーなんだよなあー」
「なんだよ。いきなり」
「なんだか、お前が、ここのリーダーやってるの見てるの、なんだか、照れちゃうなあーなんてっ」
「えー。ダメかなあ、俺、」
「そうじゃなくてさっ!うー。なんだか、うまく、言えないなあっ!」
 ヤマトは笑いながら、顔をしわくちゃにする。
「まあ、俺だって、こんな所に偉そうに座っているのは、ほんとはイヤなんだけど。与えられた役目はこなさないとね」
 そう言って、アリババは席に座る。
「ま、立場的には、だけどさ。ヤせてもカれても、神帝の俺を差し置いて、ってことだろう?」
「そんなことはないと思うぞ」
「聖ボット軍団は、レーザー王達が中心になって創設したんだ。ヘラクライストが倒れてから、こつこつとね。来るべき、最終決戦に備えて。ここまで大きな軍団を創りあげるのは、並大抵の苦労ではなかったと思うよ。・・・俺は、まあ、それに、のっかっているだけだから」
 アリババの横から天使が走ってくるのを、ヤマトは見る。
「アリババ様」
 天使は二人の会話の邪魔をしたことを申し訳なさそうにしながら。
「ソルジャン類達が、外で、アクロバットの芸を披露しようかと申しておるのですが」
「ああ。是非、そうしてくれ!俺からも、ヨロシク言ってたと伝えてくれ」
「はい」
 天使は早足で、そこから去る。
 アリババは、グラスに残っていた酒を、くいと飲み干す。
「まあ、ソッチに着いたら、どうかなあ・・・。俺も、お前達と同様、ロココ様の下で働きたいし」
「そうだな」

 しばらく、他愛もない話をしていたところ、
「あっ。ヤマト。ちょっと、ごめん」
 アリババは、自分のグラスと空のグラスと酒の瓶を持って、席を立つ。
 そして、人混みに見え隠れする、隅にいた一人の女性の側に駆け寄り、声を掛けた。
 彼女は差し出されたグラスを、右手を胸元まで挙げ、遮り、首を振るが、譲らないアリババに、遂にグラスを受け取り、注がれる酒を黙って見守る。
 チンとグラスをかち合わせて、お互い、一口二口飲み、立ち話を始める。
 一人、席に残されたヤマトは、徐に立ち上がり、お守り仲間の輪にいた、ミッケ太坊の近くに来て、再び、呼び寄せる。
「何で、ございましゅッ?」
 と、チョチョ走りで、ミッケ太坊。
 ヤマトが自分の口に片手を添え、こそっと。
「あの二人、仲がイイね」
「あー、」
 ミッケ太坊はヤマトが親指で指した二人に気付き、
「お似合いでしゅッ!」と、嬉しげに相づちを。
「でも、」と、残念そうに。
「ショウシャン王様は大人の女性なんで、余り、感情を表に出さないでしゅッ」
「アリババも奥手だからな」
「この恋は前途多難でしゅッ。ヤマト様達とは違って」
 ミッケ太坊は肩を落とし。
「御二人共、脈は有りと思うんでしゅけどね・・・・・・」
「ヤマト様ではないですか!」
 振り返るヤマト。後ろから意気揚々と大声で呼ばう。入り口から、こちらへ、どしどし地面を踏みならす。
「お久しゅうございます!ヤマト様!」
「キミは、聖金太魁?!」
「今は、キン太ボットでございます!ヤマト様」
 と、力士姿の天使は答え、丁寧にお辞儀をする。
「キミもここに?」
「はい。ただ、私自身は聖ボット化せずに、聖ボットのパイロットである次第です」
「パイロット?」
「そうです。我等、天聖界が誇る新型兵器!一人乗り聖ボットです。そして、プロトバイオバイザも、今、外にございます。ご覧になられますか?」


 夜も深まり、宴は一旦お開き。が、どうにも名残惜しい連中は、テントの外の丸太に居座り、焚き火を囲みつ、うだうだする。
 ヤマトは一人、ちびりちびりと酒をやる。
 アリババの姿がさっきから見えない。
 探しに行こうかと、グラスを脇に置いた。と、人の気配に面を上げる。
「ヤマト様」
 目の前に立つは、ショウシャン王。
「今、宜しいでしょうか?」
 高い、凛とした声。
「ええ」
 と、ヤマトは座る位置をずれて、彼女のために席を空ける。
 ぺこりと頭を下げ、彼女はヤマトの隣に腰を下ろした。
「今日は本当に、有難うございました」
 穏やかな物言い。
「あんなに楽しそうに、はしゃがれているアリババ様を、私は初めて見ました」
 柔らかな微笑。
「やはり、アリババ様にとってヤマト様は、心から気を許せる、お仲間なのでしょうね」
 整った顔立ちに、とても真面目な態度は、硬そうで、一見、とっつきにくい。
 しかし、白い額に、切れ長の黒い瞳。
 (キレイなヒトだな)と、ヤマトは思う。

「アリババが、大分、お世話になっているみたいだね」
 ヤマトが笑う。
「こちらこそ、どうも、ありがとう!」
「・・・いえ」
 ショウシャン王は、控えめに応える。
「あのアリババが、リーダーなんてやっていけるのも、しっかり者のキミが、サブで就いててくれてるから。だろうなあ」
 ヤマトがわざと、おどけて言うと。ショウシャン王は、さっと顔を険しくして、
「私などいなくとも、アリババ様は私達のリーダーです」
 と、言った。
「私達は、アリババ様が苦しみ抜かれた姿を見てきました。そして、絶望の淵にあっても、わずかな希望を信じ、貫く強さを。だからこそ、私達はアリババ様を慕い、付き従うのです」
 彼女の真剣な眼差しに、ヤマトは彼女の気持ちを察した。
「ヤマト様。・・・どうか、知っておいて頂きたいことがあるのです」
「うん」
「ヤマト様達が次界で必死に戦われている時に、アリババ様も命懸けで戦っていました。様々な敵と。・・・自分自身とさえも」
 ショウシャン王は美しい眉間に皺を寄せ。
「けれど、アリババ様は、いつも明るく振る舞おうとする」
 堪えるように、きっと口を結んでから。
「アリババ様は決して、自分からは、お話になられませんから・・・」
 ヤマトに向かって、ショウシャン王が頭を下げる。
「出過ぎた真似を致しまして、申し訳ございません」
「いや。・・・・・・本当に、ありがとう」
 ヤマトは優しく言う。
「アナタ達はアリババの側にいて、力になってくれていたんだね」
 ヤマトは焚き火の、赤々と揺らぐ炎を見詰める。
「ボクは何もしてやれなかった・・・・・・」


 ヤマトはアリババを探している。
 今夜、厄介になる予定のアリババのテントをのぞくが、おらず、整備工場をも有する大規模な宿営所、その中をくまなくあたっても、いない。
 ふっと、思いあたる所があり、ヤマトは空を飛ぶ。
 無数の星くずが、雲のない夜空を覆い尽くす。
 地上を遙かに見下ろし、少し肌寒い夜の空を、風を切って飛ぶ。
 それは、特に、ここが安全な場所だと分かっているからだ、とても気持ち良い。
 しばらく飛び続け、目的地への到着をヤマトは簡単に知ることができた。
 真っ暗な地上に、小さな星が一つ輝く。いや、月。
 夜の世界を優しく照らし出す。白く、淡い、愛おしい、光。
 昼に二人で来た草原。
 ヤマトは、ゆるりゆるりと、地上に降りる。
 あれは、アリババの翼の光だ。
 黄金の翼は、いつもうっすらと発光している。
 昼の強い光の元では、その光は、あまりにも弱く、かき消されてしまうけれども、光の無い夜にあっては、心安らぐ。
 ヤマトはアリババの後ろ姿にみとれ、ゆっくりと、草原に立つアリババに近付いていき、アリババは振り返る。
「お前も酔いを覚ましにきたのか?」
 アリババは隣に来たヤマトに笑いかけ。
「なあんて、」
 ちょっと首を傾ける。
「ほんとは、お前が探しにきてくれると思って、待ってたんだけど」


(3)