パンゲ編

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 金の章 (1)



「感じる」
 ヤマトはつぶやく。
「これはアリババの理力だ」
 眉間に皺を寄せ、その気配のある方角を睨む。
 眼下に広がるは、色の無き世界。荒涼とした大地に、乾いた風が吹く。
 水の大層の襲撃により、金の大層の大半は海に没した。そして、黒き汚れた水が引いた後には、泥に混じった瓦礫の山が無惨に散乱し。やがて、大地はひび割れ涸れた。今や、音も無く、緑の草の姿も、生き物の息遣いさえも、まるでない。
 その先、大層の中心部にあった、かつての黄金の都の廃墟を、二人はのぞんでいた。そこには、禍々しくも強大な魔力が充ち満ちている。
 その魔力に隠されながらも、微かに感じとれたのは、アリババの。
「・・・ええ」
 金の大層の入り口、上空。ヤマトと共に、沈黙の大層に起こった『異変』の調査に訪れた牛若は、苦し気にうなづく。
「急ごう」
 と、ヤマトは、円盤状の一人用の乗り物、ライドを大層に向けるが、
「待ってください」
 牛若は厳しい表情で、すぐにヤマトを止める。躊躇い、言う。
「もしかしたら、・・・私達だけでは、手に負えないかもしれません。ここは、ダンジャックや一本釣の到着を待つべきでは?」
 二人はピーターとフッドと交戦中。
「・・・いや」
 ヤマトは先刻、二人と別れた空を望むが、青い空が続くだけである。
「手遅れになる前に・・・」
 小さく、弱々しいアリババの理力は、邪悪な力に包まれ、今にもかき消されようとしている。
 ヤマトは牛若を見て。
「ボク達で行こう」
「・・・分かりました」
「メンゴクウ!キミ達は、ここで待つんだ」
 ヤマトは颯爽とマントを翻し振り返ると、付いてきた風の大層の天使達に告げる。
「何か異変があっても、決して金の大層に来てはいけない。すぐに、シスの所に戻るんだ」
「・・・はい」
 と、ゴクウは心配そうな、つぶらな眼で。
「ヤマト様、牛若様。お気をつけて」
「ああ」
 と、にこやかに笑み、言うやいなや、二人は揃って、大層の中心部に向かって、飛ぶ。

「・・・ヤマト」
 金の大層の上空を飛行しながら、牛若は話し掛ける。
「何故、このパンゲにアリババが・・・」
 黒々とした重苦しい雲が天を覆う。しかし、それは救いの水を予感させるものでは決してなく、ひどく生ぬるく気味の悪い風を切りながら。
「アリババは私達とは違う。私達は一度滅び、ここで新たに目覚めた。私達が属する各々の大層・・・。しかし、彼は聖魔大戦の後も生き続け、今はオリン姫と共にあるはず」
「・・・・・・」
 無言のヤマトは、先を見据え続ける。
「まさか、曼聖羅が・・・」
「・・・・・・。曼聖羅は新河系の一部となったはず。メディア様がアリババを寄越すとは、考えられない」
「・・・・・・」
 牛若も口を結ぶ。
 近付くにつれ、魔力がより鮮明になる。より、ひしひし、と。伝わる、圧迫感は。
 この強い魔力に、何故、今まで気付かなかったのか?いや、突然、出現したのだ。まさしく、異空の扉を開けたように。
 おぞましき魔力は、巨大な渦を巻く。徐々に、それは意志を持ち、広がってきている。 かつて。ブラックゼウスやデカネロン、魔スタリオス・・・。相対した、数多の悪魔達にも感じはしなかった。 こんな恐怖は。
 恐るべき闇の力。全てを無に帰し、光無き暗黒に全てを呑み込まんとす・・・。

 二人は、都の上空を通過する。
 天をも突き抜く、と謳われていた、連なる高層建築物の全ては、倒れ壊れ、折れ曲がった金属の骨格を剥きだしにしている。
 建築物の間を縫う、毛細血管を思わせる緻密な道路網は、空虚。溢れんばかりの喧噪は、何処?
 自然を支配し利用する。パンゲ六大層中、最も高度な文明を誇った、鉄の国、金の大層の、これこそが成れの果てである。
 宮殿の前で降り立つ。在りし日の栄光は微塵もなく、白亜の宮殿は、はかなく崩れ落ちている。見上げるほどの高さのあった美しい宮殿の扉は、今はヒト一人通れるか程のスペースを止めるのみである。
 二人は、そこから、暗い内部の様子を伺った。そうして、牛若にとって悲しき思い出の地に、再び、足を踏み入れる。 と、いきなり辺りが真っ暗になり、すぐそこの入り口の光すら見えない。空間がねじまげられたような強い違和感。
「牛若!」
  ヤマトが叫ぶが、すぐ隣にいたはずの牛若の返事はない。


「・・・お久しぶり」
 愛想の無い、冷たい声が彼を迎えた。 目を開いた牛若の前に、武装した女性が一人。
 薄い緑青の長い髪をなびかせ、紅い瞳が燦然と輝く。姿は以前と全く変われども、その強い眼差しで分かる。
「ゴーディ・メタメンデル・・・」
「我が妹、ラシアの終焉の地。ここで、お前も共に果てよ」
 宮殿の最深部の広間で、二人は向き合う。ゴーディは、ひたりと睨み、切っ先鋭き大剣を突きつける。
「金の大層の力・・・。ラシアの力、『黄金飛翔』を返してもらおう」
  黄金に光るスカートをはためかせ、襲いかかる。
「我が主、アリババ様のために!」


 ヤマトは暗闇を歩いていた。右も左も分からぬ、闇の中を手探りで歩き続ける。
(何者かの力が、ボク等を引き離した・・・)
 それは間違いない。
(牛若は無事だろうか・・・?)
「クッ!」
 ヤマトは前に出した右腕をすぐに引っ込めた。焼き付く鋭い痛み。周りを見渡せば、いつの間にやら、白く細い糸が、びっしりと張り巡らされている。哀れな獲物を生け捕るべく、張られた無情なる罠、それはクモの巣のように。糸は、妖しげな光を放つ。
 そして、彼方に感じた気配。
 影のように、うずめく。
(・・・アリババ!)      


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