パンゲ編




 金の章 (3)



 牛若はゴーディを追い越し、彼女の上に飛来する。
 足下に彼女を見て一気に下降すれば、負けじと上昇してきたゴーディと、正面から激突。かち合う刃が、白い閃光を発する。
 合わせた刃を、牛若は横にくるりと回転して外し、円を描くように、左手の刀を一降り。彼が振るう太刀筋は、常に一条の流星となりて、きらめく星屑と散る。それをゴーディは大剣で払いのけ、続けて振られた牛若の右の鎌。それは、三日月形であって、ゴーディの直剣を引っ掛ける。彼女の手から刃を外さんと。しかし、ゴーディも、力に引けを取らない。反対に、牛若を強引に押し返し、その勢いで、牛若の体が宙に反転する。
 もんどり打った彼の足先が天を向き、そこでピタリと止まった。そして、その状態で、すぐさま両腕を振り下ろす。剣を横に寝かせて、ゴーディは上から襲いくる二つの刃を受けた。ガキンと激しい音が鳴る。
 踏み場などないはずの宙を、牛若は蹴りあげる。そして、ゴーディの懐に突き込む彼の速さは、射られた矢の如く。避けられれば、すぐに止まり、方向を変え。上から下から縦横無尽に、彼女を翻弄する。空間を自在に移動する、この飛翔力がラシアが牛若に与えし力、黄金飛翔。空に『浮く』、というより、空を『舞う』。

 右、左、右と続々と繰り出される刃を前に、その息もつかせぬ速さに、ゴーディは初めこそ難なく付いてはきたが、防戦一方に業を煮やし、遂に大振りに横に剣を振る。が、そこにはすでに牛若の姿はなく。牛若は彼女の頭上をくるりと飛び越え、彼女の背後に。が、一方の彼女も心得たもの、即座に反応し、振り返りざまに刀を受ける。けれども、次の一太刀に、彼女の緑青色の髪先が僅かに切られた。
 ゴーディは牛若と距離をとり、広間の床に降りたつ。すでに長い髪は乱れ、息をあげている。しかし、見上げるゴーディは、「この程度か?」と上空の牛若をせせら笑い、左手を胸元に、手の平を上に、四本の指で、来い来い、とする。温厚な、さしもの彼でも、一瞬カチンとなったことは事実であって、彼女のいる地上目指して、突っ込む。が。
 牛若の体が上に弾き飛ばされる。突如、腹部に走った激痛に堪らずうなる。下を覗き込んだ牛若の目に映ったものは、金色でガラスのように透明な巨大な柱。床から突きだし、猛烈な勢いで、牛若の腹を強打した。先端が尖った六角形の柱は、鎧を付けていたから、致命傷にはならなかったもの。
「牛若!ここは私の世界ぞ!」
 ドンドンドンと、大きな地響きを轟かせて、床から、巨大な柱が次々と突き出してくる。これこそ、金の大層が主、錬金の術の成せる技。身を翻し回避する牛若を執拗に狙い、床は柱でびっしり満たされる。牛若は部屋の最上部、ドームまで浮上する。
 と、牛若の背中を打ちのめす衝撃。続けざまに、天井のドームから下に突き出す柱。丸いドームの四方から、円の中心にいた牛若目掛けて、一気に突き出る。無数の柱に一息に飲まれて、牛若の姿が完全に消えた。
 白い煙が立ち昇り、ドームに張り付いた隙間のない鳥籠のよう。牛若を捕らえた結晶柱で出来た牢を見上げて、満足気にゴーディは。
「黄金飛翔は、自由な大空にあって生きるもの。この閉ざされた空間では、翼をもがれたも同じよ・・・・」



 暗闇にヤマトの荒い息遣いを聞く。
 糸を断ち切るごとに、魔の糸がヤマトの理力を喰らう。ヤマトの武器で、この糸は切れず。一手一手、しっかり理力を込めなければ、この糸は断ち切れない。
 感覚の無くなってきた剥きだしの素手で糸を握り、薄れゆく意識の中でも。しかし、体は動くのだ。少しでも、少しでも、この糸を・・・。アリババを助けるんだ・・・。
 肩で息をするヤマトの体が段々前屈みになり、とうとう両膝から崩れ落ちた。ヤマトは自分の呼吸を確かめ、深く息を吸い込み、呼吸を整えようと。再び、立ち上がるために。
 その時だ。
(・・・・・・ヤマト・・・・・・)
 遠くの霞みに、自分を呼ぶ声が聞こえる。
(・・・・・・ヤマト・・・・・・)
 優しい、暖かな想いが、ヤマトの心に直接流れてくる。
(・・・・・・ヤマト・・・・・・)
 そして、その声は凛とした強さをも秘めるのだ。凍て付く冬の空に響く、澄み切った鐘の音。
(・・・・・・何をしているのです・・・・・・?)
 はっきりした、若い女の声が厳しくなる。
(早く、アリババを殺めるのです・・・!)
「・・・・・・シス!」
 ヤマトは声に出し叫ぶ。風の大層が主、シス・ウィンディと心で交信を交わす。
(貴方にも分かっているはず。もう、遅い・・・・・・)
 シスの声は憂いを帯びて。
(このパンゲに真の恐怖が訪れようとしている。既に、彼の魂は、闇に堕ちている。彼に罪を犯させたくなければ・・・・・・)
「未だ、間に合うかもしれないんだ!」
 ヤマトは頭を上げ、遠く風の大層にいるシスに、必死で訴える。
「未だ!僅かでも希望が残っているのなら、ボクはそれに賭けたい!最後まで、あきらめたくはない!」
(ヤマト!真に彼を想うなら、為すべきことは一つ。彼もそれを貴方に望むはず!)
 シスの強い叱責の内にある、彼女の本当の想いを、ヤマトは知っている。しかし。
「シス・・・・・・」
 ヤマトは項垂れる。
「ゴメン・・・・・・」
 ヤマトとの交信が途絶える。

「どうしました、姉さま?」
 此処は風園、風の大層。一面に花咲き誇る花園の中心で、幼い子供が敬愛する姉に尋ねる。しばらく黙り込んでいたシス。彼女が目を見開く。緑の大きな瞳が、きりりと前を見る。
「私は先に戻ります。お前は、金の大層よりの客人、三錬金術師を、呼んできておくれ」
 彼女は純白の大きな翼を広げ、青空に舞い上がる。彼女が翼を羽ばたかせば、空に美しき花が結ばれる。
「合点でーすっ!」
 子供は元気良くポンと飛び上がり、彼女の後ろ姿に陽気に返事をすると、持っていた大きな白い袋を膨らましていく。子供の背丈よりもうんと大きくなった、風袋。風を生み出す、風袋。その大きくなった袋の口を開けると、爆風が吹き出し、途端に、子供の姿がかき消えた。
 結花の力は到底、姉に及ばぬが、風使いの力の程は、なかなかのもの。

 

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