パンゲ編




 金の章 (4)



 哀れ。牛若の体は、無数に突き出た結晶柱の内にのまれ、皆目見えず。
 ゴーディは、押し潰したであろう彼の体から、黄金飛翔を回収すべく、深紅のマントをなびかせ飛ぶ。彼を捕らえた冷たく、美しい光を放つ黄金の檻へと。その口元には思わず笑みが。勝利の味。しかし、それは束の間のことだ。
 ピタリと彼女が止まり、刹那感じた違和感、周囲に鋭い視線を遣る。音?微かに聞こえた音に耳をそばだてる。
(これは、・・・)
 音の輪郭が明らかとなり。
(・・・・・・笛?)
「がっ!」
 ゴーディは堪らず一声上げ、落としそうになった大剣をふんずとつかまえる。
 全身を縛り上げる強い力。全く、身動きがとれず。振り解こうにも、力を入れた彼女の腕が、逆にギシギシときしんだ。
(この笛の音!)
 先程とはうって変わり、大音量で頭の中で響き打つ。
(・・・・・・・牛若あ!!)
 彼女は形相凄まじく、天を睨み付ける。ドームを埋め尽す結晶柱が実に細かく微動しているのだ。ビリビリ、ビリビリ。生き生きと躍動する笛の音に共鳴する。そして、キンと一際高い音が鳴った時、結晶柱に無数のヒビがザッと入り、粉と散った。
 輝ける金砂が天いっぱいに広がり、サラサラサラサラ、舞い落ちていく。
(・・・・・・この聖笛の音は、心に響く音。・・・心を宿す音・・・・・・)
 金の吹雪に紛れる中を、笛吹く牛若がフワリと舞い降りる。
(笛の音に心を委ねば、安らぎを見出せよう。しかし、敵意を持ってのぞめば、それは即ち貴女に返り、貴女を害する刃となる)
 牛若の兜の角の片方が折れ、鎧にも幾筋か傷が入っている。が、牛若は無事。
 彼は笛を吹くのを止めず、上目遣いに彼女を見る。
(ゴーディ。私の声が、貴女にも聞こえているはず。このような無益な戦いはやめましょう)
「ハッ!」
 ゴーディは一笑に付す。
(私と貴女は同じ属性。『金』を司るもの)
 牛若は訴える。
(本来、手と手を取り合える私達が何故、戦わねばならない。私達は、別の道を選択することはできないのか?!)
(・・・・同じだからこそ、分かり合えぬこともあると、・・・・思わないのか?)
 初めて心を介して伝わってきたゴーディの声は、淡々としていた。
 ハタと牛若は気をとられ、笛が乱れた。と、ゴーディは左手を、右手に握った大剣の柄に当てた。全身の力を剣に込める。
「・・・うしわか・・・・・・」
 金縛りの体から、しゃがれた低い声を絞り出す。
「私は、・・・お前を倒す・・・。・・・・お前も戦士であれば、・・・戦え!」
 ゴーディの体を取り巻く理力が、黄金色に燦然と輝く。ゴーディは両の手で握り締めた大剣を、牛若の理力に負けずに、じわりじわりと上に持ち上げていき、
「はああ!!」
 腹の底から雄叫びをあげ、気合い一閃、大剣を振り下ろした。
 凄まじい空気の渦を巻き起こし、それは牛若の足下に外れ、いや、はなから牛若を狙ったものではない、床を狙ったのだ。床にぎっしりと突き立てられた、もう一つの結晶柱の群がりを目掛けて。

 大量のガラスが一気に割れる時の、恐ろしい音。耳をつんざく大音響。そして、飛び散る、おびだたしい量の破片。
 牛若の笛の音はかき消され、襲い来る鋭利な破片を避けるために、彼の唇が笛から離れる。それを決して逃しはしない。
 破片から身をかわしたところに、自由となったゴーディが突っ込んでくる。牛若は左手に現した刀で彼女の剣を受ける。右手には、笛。
 ・・・・・・運命はどちらに味方をしたか?
 牛若の右手に走る衝撃。破片が当たった。牛若の体に傷はない。聖笛が真っ二つに割れ、宙に飛んだ。
 
 ゴーディが、破片の飛散に紛れて、消えた。
 と、ほぼ同時に、白く明るかった室内が、真っ暗となった。
 そして、ゆっくりと。ぽつり、ぽつり。灯る光。牛若の背丈ほどある黄金の柱が、牛若の周りを囲むように漂い始める。柱が発光する、ぼんやりとした、その光の様は、祭りの夜のぼんぼりのよう。滑らかな鏡面をした柱の一つ一つに、牛若の姿が映る。
「・・・・牛若よ」
 声はするが姿は見えず。
「我が秘力にて、終わりにしよう。聖笛もなく。最早、お前に勝機はない」
 牛若は両手に武器に、身構える。神経を集中させ、闇にゴーディの居場所を探る。
 ゴーディはからかって。
「それとも、私もお前に情けをかけようか?」 
 彼女は続けて。
「どうだ?『黄金飛翔』を返せば、命は助けてやろう。まあ、所詮、わずかながら、命が長らえるだけだが」
 牛若の眉間に皺が寄り。
「すぐに、復活されるアリババ様自らの御手で、お前の命の火は吹き消されるのだから」
「それはできない!」
 牛若が叫ぶ。
「ならば、お前はどうやって、私達の戦いに終止符を打つつもりだ。私とは戦いたくない。黄金飛翔は返せない」
 ゴーディは声を強める。
「心に迷いのある者に、勝利などありえるものか!」
「あなたを・・・・」
 牛若は武器を強く握り直す。
「・・・・倒す!」
 にわかに、牛若の目がゴーディをとらえる。目の前にいる!
 目の前の、柱の面に映る姿は、牛若ではなく、大剣の切っ先をこちらに向けるゴーディ。
「では、冥土の土産を手向けよう。我が、極楽剣の舞を!」

(これはっ?!)
 牛若は目を大きく開いた。
 ゴーディが何人もいる。自分を取り囲む柱に、同じように、剣を向けるゴーディの姿が。
 一人は鮮やかな紫色の髪をし、もう一人は、燃えるような赤い髪をしている。目の前のゴーディの髪の色は深海の青。長い豊かな彼女の髪の色が、各々違うのだ。それは、光の加減や傾きによって、七変化する色。まるで光のスペクトル。柱の鏡に映った彼女の姿は。しかも、奇妙なことは、当然、そこに映るべきものは牛若であるはずなのに、そこに映っているのは彼女達なのだ。
(・・・幻覚?!)
 牛若は、四方の彼女達を警戒する。
(この闇すらも?!すでに、私は彼女の手中にはまっているというのか?!)
「行くぞ!」
 柱に映る彼女達がいっぺんに、中心の牛若目掛けて、襲い掛かる。
 牛若は飛び上がり、しかし、見えぬ間に、ゴーディの攻撃をまともに背に受け、マントは切られ、鎧のその部分が砕ける。
 ひるまずに牛若は、七童が与えし武器が一つ、大槌を出現させ、ゴーディが映る柱の一つを上空から下り、一気に叩き壊す。が、ゴーディの姿もろとも、柱はばらばらに割れたわけだが、その大きな欠片の一々に、再び、同じように、ゴーディが宿る。
「無駄よっ!」
 牛若を囲む彼女達が、今度は、牛若の周りをくるくると回り出した。彼女達は駆け、柱から柱へと高速で飛び移る。彼女達の鮮明な髪が揺れ、ロングのスカートが翻り、腰のベルトの長い布飾りがたなびく。光が、形を定かとしない帯となる。煌めく。ぐらぐらと目眩がする。
 幻想的な光の渦に巻き込まれた牛若は、立て続けに攻撃を受ける。四方八方から、幻のようなゴーディが襲い掛かってくる。牛若が見事彼女の動きを捉え、斬り捨てたとしても、霞みを斬ったもの。瞬く間に光の塵と消え、全く違う方角から斬り付けられる。
 空間を自在に舞い踊る、華麗なる攻撃。それに翻弄されるは、次は牛若の方だ。
 ラシアの理力が授けてくれた堅固な鎧でさえも、強烈な攻撃の前には屈し、どんどん破壊され、はがされていく。
 牛若は必死に耐えながら、注意深く、ゴーディの攻撃の軌跡を追う。彼女の攻撃を分析し、反撃の機会を見出そうとする。
 おそらく、分身と思われるゴーディは幻に過ぎない。
 本物は一人!


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