パンゲ編




 金の章 (6)


(この戦いの結末は二つのみ。・・・・・・彼女が死ぬか。自分が死ぬか・・・)
 牛若は左手の刀を握りなおし、張り詰めた空気の下で、深く呼吸を整える。
 向き合うゴーディも、大剣を手に、じりじり間合いをはかる。牛若の一挙一動に集中する。息遣いが荒い。空間を操作する『極楽剣の舞』は、彼女の理力の多くを削ったはず。
 二人共、理力は残されていない。
 次の一手で戦いは決まる。
(手加減はできない。全力をださねば、確実に殺られる・・・)
 しかし、全力をだせば、ゴーディの命の保障は・・・。
「ゴーディ」
 牛若は口を開き。
「確かに私は甘いのかもしれない・・・。けれど、」
 自然と言葉がつく。
「やはり私は、貴女を殺めたくはない・・・」
「はっ。この程度の攻撃で、勝ったつもりでいるのか!」
 所々傷を負いし体で、彼女は大剣で空をきる。しかし、その剣圧に、さっきまでの強さはない。
「貴女は強い。おそらく、私よりも。・・けれど、私には、どうしても負けられない理由がある。・・・・・・アリババのために」
 ゴーディがギリッと牛若を睨む。
「貴女はアリババを慕っているのだろう?ならば何故、彼が苦しむ道を選択するんだ。悪魔化することをアリババは望んではいないのに」
 牛若は静かに、しかし心を込めて。
「彼はこれまで苦しんできた。悪魔となり仲間に剣を向けた罪に苛まされ続けてきたんだ。貴女は、再び、その罪をアリババに背負わせたいのか?!」
「うるさい!!」
 ゴーディが一喝する。
「あと少しっ!あと少しで、アリババ様が完全に、このパンゲで復活されるのだ!」
 ゴーディは声を強めて大剣を振り上げる。
「私はアリババ様のお側で!アリババ様に付き従うだけだ!」
 彼女は残された理力を大剣に注ぎ込み、大剣は燦然と金色の光を放った。ゴーディの命の光を宿して。
(・・・ラシア・・・・・・)
 牛若は、今は亡き彼女を思いだす。
(・・・・・・アリババ・・・)
 闇に飲み込まれようとする友を思い出す。
 そして、今にも切りかからんとする、目の前のゴーディ・・・。
 牛若はすうと息を吐いた。
 心を無にした。
 間合いを詰めていく二人。
 お互いの姿しか見えぬ。
 相手の足の動きを、手の動きを、体の動きを追う。
 重なる視線。
 同時に、飛び立つ影。
 刀を、大剣を、振るう。
 刃。

(ラシア!!)
 彼女は、そこにいた。彼と出会った頃の姿で。
 額に星を輝やかせ、天に翼を広げる極楽鳥を模した飾りが彼女を彩る。金色に映える新緑のドレスをまとい、腰まで届くストレートの長い髪がなびく。
 彼女の体は透き通り、黄金色に輝いている。
 愛らしい微笑みを牛若に向けて、両の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちた。
 牛若がゴーディに振り下ろした刃の先に、ラシアがいた。両腕を横いっぱいに広げ、ゴーディを守る。
 ラシアの唇が動く。
(・・・・・・ゴメンネ・・・・・・)
 牛若の体の奥底から力が抜ける。
 美しき黄金色の鳥が、彼の体から飛び立っていく。
 ラシアの力『黄金飛翔』は、大きな翼を広げて、彼女の姉の元に帰っていった。
(ラシア・・・・・・)
 牛若は光の中のラシアに手を伸ばした。そして微笑んだ。
(それでいいんだよ・・・・・・)



 ヤマトはアリババの膝に絡み付いていた糸を剥ぎ取った。
 アリババを捕らえる糸に、ヤマトは手をかけ続ける。理力を消耗しつつ、ゆっくりゆっくりと。やっと、半分ほど、だ。
 いましがた、「アリババ、アリババ!」と彼の名を呼び、顔を数回ひっぱたいてみた。けれど、起きる様子はない。手で触れたアリババの体は生きているとは思えぬほど、とても冷たかった。
(ボクにもう少し理力が残っていればな・・・・)
 とヤマトは思いつつ、額ににじんだ冷や汗を拭き、消えかかる意識を維持する。
(牛若は大丈夫だろうか・・・・)
 自分とは別の次元に引き込まれたであろう牛若のことが眼に浮かぶ。そして、
(・・・・シス)
 交信を自ら切った彼女を思い出す。自分を心から心配してくれる彼女の気持ちは分かる。
 この恐ろしい糸の巣からアリババを救出したところで、本当にアリババを助けられるかは分からない。すでにアリババの姿は、悪魔の超ヘッドたる者に変貌をとげているのだ。しかし、ヤマトは。
 あきらめない。
 目を硬く閉じたアリババの青ざめた顔をみる。
 ヤマトは身を乗り出して、アリババを繋ぎ止める糸を断ち切る。
 と、急に明るくなった。閃光!
 強烈な光にヤマトは目を閉じる。
「が、はあ・・」
 ヤマトは苦悶の声をあげた。ヤマトの首を何かが強く強く締め上げる。
「うわああ!」
 堪らずヤマトは悲鳴をあげる。弱りきったヤマトの体から、さらに理力が吸い取られていく。
 目を開けたヤマトの瞳に映ったものは、自分の首を軽々と片手で縛り上げるアリババ。
 紅蓮の炎の如き、真紅の瞳が闇に輝いていた。



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