パンゲ編




 金の章 (7)


 二人の間で弾けた閃光は、わずかな間、ゴーディから視界を奪った。
 次第に見え始めた、正面の光の塊は人の姿に変わっていき、懐かしい後姿をゴーディは見る。誰かを守るように、両腕を広げている・・・・・・。
 程なく、その形は揺らぎ、再び形を持たない光の塊となり、今度は大きな鳥の姿に変わった。鳥の額には、亡き人の額をかつて飾っていたのと同じ、三本の羽飾り。黄金色の鳥は翼を広げて、ゴーディを見ている。
 ゴーディが彼女の名前を呼ぶ前に、鳥はゴーディを目指して飛んだ。
 鳥の姿はゴーディの体に触れるといなや掻き消えて、羽が一本、ゴーディが鳥に伸ばした手の内に残った。極楽鳥の尾羽のような、長い羽は黄金色の光に包まれ、雪のように純白だった。
 ゴーディは訝しくそれを見詰め、しかし直ぐに、目的を達成した事実に気付き、羽を持つ腕を天に掲げた。
「黄金飛翔よ!アリババ様の御許へ!」
 誇らしげにゴーディが叫ぶのと同時に、羽はふいと消える。
 異空を瞬時に飛び越えた羽根は、目覚めを待つアリババの体の中に取り込まれた。

 ヤマトは自分の首を締め上げる、アリババの手を掴む。冷たい手は石のように固く、びくとも動こうとしない。それどころか、理力を吸い取られていくヤマトの方は、ますます、その手から力が抜けていく。振りほどけずに、成すがまま、意識は深みに落ちようとしている。
 ラシアの『黄金飛翔』、選ばれし者の最後の力も遂に揃い、時は来た。
 人形のように生気のなかったアリババは、今や、強く禍々しき魔力に満ちて、ヤマトの前にいる。目覚めたばかりのアリババは、微動だにせずに、ただ黙々と、ヤマトの首を絞め続けるのだった。
 ヤマトは一か八かの賭けにでた。
(タイヨウ、・・・)
 ヤマトは力の入らぬ手を何とか額まで持ち上げる。
「・・・サンサンパワー!」
 ヤマトの体から太陽を思わせる強い光が輝き、燦然と闇を照らす。わずかに残されていた理力を振り絞り、理力を光と変えた。自分の首をしめるアリババの手が一瞬ゆるむ。
「達急動!」
 アリババから逃れ、ヤマトは無我夢中に走った。行き先も分からず、ただ、この場から退くことだけを考える。
 自分に向けられた、アリババの真紅の瞳。恐ろしい深さを秘めて、たぎり燃え立つ炎のように激しく輝く。その瞳に、自分を殺めることの迷いはなかった。
(あれはアリババじゃない・・・・・・)
 愛すべき友を助けられなかった悲しみと、絶対的な、比類なき強大な魔を間近に目撃した恐怖とが、ヤマトの中でごちゃ混ぜになる。最早、今の自分に出来ることは逃げることしかない・・・。その限りない無力さをも。
 あてどもなく、ヤマトは闇しかない世界を走り続ける。そこで、ヤマトは小さな光を見出した。遠くで輝くその光は、外へと続く出口だろうか。ヤマトは、その方を目指し突き進む。
 すぐに、その光の正体が、小さな小さな小鳥であると認めた。ヤマトは、弱々しくも暖かく、優しく光る鳥の導きを信じる。
 鳥の長く伸びた飾り羽に、手が届きそうな距離まで来る。ヤマトは手を伸ばして、その飾り羽に軽く触れ、自分が牛若の服の裾に触れたことに気づく。
 ヤマトは今、自分が、ひどく傷ついた牛若の側にやって来たことに気付いた。
「達急動!」
 図らずも、光の世界に戻ってきたヤマトは、自分の為すべきことを知っている。
 牛若の体を担ぎ、崩壊した広間の天井から、一目散に飛び出した。


 フッドのデビル翼が、キンと甲高い音を響かせ、空気を切り裂く。
 蝙蝠よろしく空を飛び、緑翼ライドに乗るダンジャックを嘲る様に翻弄し続ける。
 フッドは腰に差した剣を抜かずに、己の凶暴な爪こそが武器。
 バンパイアの称号を与えられしフッド。彼の八本の指に伸びる爪は、がっしり大きく鋭い。肉だけでなく骨まで断つ、その爪の色は血塗られた赤だ。
 急降下したフッドの爪がダンジャックに迫る。
 ダンジャックは、自分が乗る円盤状の乗り物、ライドを旋回させ、剣を上げ、フッドを迎える。
 その時、ただならぬ気配に、共に攻撃をしかけた二人の動きが固まった。
 すれ違い様、フッドの爪がダンジャックの髪を掠め、ダンジャックの剣はフッドのマントの先を切る。
 両者、構えを直し見遣るのは、金の大層の方角。
 遥か遠くに、金の大層があるはずの場所の上空に、それまでには無かった巨大な光の柱が建ち上がっている。その付近の空を覆う厚い雲は、その部分だけぽっかりと切り取られて、光の柱は地上から天へと突き抜けている。光の色は一点の穢れもなく真っ白で、その余りの清らかさ故に、かえって不気味さをも感じる。
 その上、金の大層から、むやみやたらと発散されていた魔力が、この時から、しんと収束している。無くなったのではない。凝縮され、強大な魔力を宿す、一つの大きな塊となる。
 大きな胸騒ぎを覚え、ダンジャックは光の柱に目を凝らす。
(あれは何だ?)
「やっと、アリババが目覚めたようだね」
 妖婦、バンプの名に相応しく、ピーターは妖しい視線を投げ掛け微笑んだ。
「パンゲに真の恐怖をもたらす・・・、偉大なる魔界君主の降臨だよ」
 ダンジャックと一本釣が、ピーターの言葉に振り返るのと同時に、光の柱がスイと消える。
「遊びはここまでだね。ボク達のキミ達への足止めも、これでオシマイ」
 ピーターは、その華奢な体つきに到底似つかわしくない、幅広でいかめしい包丁刀を二本、細い腰元まで下ろす。
「どうしたんだい?早く、金の大層に向かいないよ。早くしないと、二人は死んじゃうよ」
 軽く物言い、ピーターはクスリと色づいた唇を動かす。
「いや・・・。もう、終わっているかもしれないね・・・」
「どういうことだ!!」
 一本釣が声を荒げて、ピーターに詰め寄ろうとするが。
「一本釣!」
 ダンジャックは、後ろから声を上げて制し、
「行こう!」
 と、踵をかえし、金の大層のある方角へライドを飛ばす。
「くっ!」
 一本釣は顔を思い切りしかめて、その後に続いた。
 フッドはピーターの側に飛来し、無言で寄り添う。
 金の大層に向かう二人の姿は、灰色の空に吸い込まれて、急速に小さくなっていく。それを見送りながら、ピーターが腕を組み、呟く。
「そう、急ぎなよ。精一杯、ね」
 ピーターの頭に巻かれている、緑色の、細く長い布が、風にたなびく。
 ピタリと止んでいた風が、金の大層を指して吹き始めた。
「もう、歯車は回りだしたのだから・・・・・・」


(8)