パンゲ編




 金の章 (8)


 
 陽はすでに傾き、辺りは薄暗くなりつつある。
 空を覆い尽くしていた厚い雲は、それを寄せ集めていた力から開放されたかのように、雲と雲との間には切れ目ができ、風にのり、其々の方へと離れていこうとしている。
 まるで嵐が過ぎ去った後のようである。
 空からは、おどろおどろしい気配は消え、金の大層は静かな黄昏を迎えようとしている。
 しかし、それは、嵐が全てを奪っていった後の、空虚な静けさのようにも思える。
 今、空は、透明なガラス越しに見えた。正確には、ガラスのような柔な物では決してなく、薄く金色に鈍く光る、強固な壁だろう。
(ボク達を金の大層から逃がさないために・・・)
 瓦礫が切り取る空の一角を、ヤマトは溜息をついて見上げる。

 ヤマトと牛若は、崩れ落ちた高層建築物の廃墟に、身を潜めていた。
 瓦礫にもたれていた牛若の体が動き、意識を取り戻した牛若が、少し離れた所にいたヤマトの名を呼ぶ。
 ヤマトと牛若は、あぐらをかいて向き合って、ヤマトがニヤリとした。
「・・・牛若、・・・ボロボロだな!」
「アナタこそ!」
 ドッと二人は吹きだして、泥と血で汚れた顔を綻ばせあう。
 が、一通り笑った後で、ヤマトはキッと顔を険しくして。
「・・・・・・。・・・すまない。ボクのミスだ」
 牛若は眉を下げて笑む。
「私がアナタなら、全く同じことをしていましたよ」
 たった二人で、アリババを助けるために、まんまと敵の手中に落ちたことに後悔はない。
「でも、アリババを助けることはできなかった・・・」
 ヤマトは牛若に事の顛末を語った。牛若もゴーディとの一件を手短に伝えて、最後に穏やかに言った。
「ラシアはゴーディの元に帰りました」、と。
 ヤマトは背を少し丸める。
「アリババが魔界君主というのは、どういうことなんだ・・・・・・」
 憮然と、ヤマトがつぶやく。
「分かりません・・・。ただ、水の大層のハムラビが関わっているのは確かでしょうが。・・・・私には、それだけとは思えない。ハムラビだけで、・・・いや、ゴーディを含め、ゴーディが言った選ばれし者の力によって、アリババが召喚されたとしても・・・。何か、パンゲとは別の、大きな力が関わっているような気がしてなりません」
「ボク達の知らない、大きな力・・・」
(ボク達が、パンゲアクターとして、このパンゲに引き寄せられたように?)
 ヤマトは親指の爪を噛む。
(違う。それを遥かに上回る強い力だ。アリババをパンゲに召喚した何かには、強い意志の力が感じられる・・・)
 牛若はヤマトの様子をそっと横目で伺ってから、
「・・・・・・ヤマト。今は、この状況をどう乗り切るかを考えましょう」
 と、曇りの無い笑みをみせる。
 「すまない」、と言い掛けたヤマトは、しかし、(これではいけない)とその言葉を飲み込み。
「ああ!」

 ヤマトは顔を上げて、空と自分達を隔てる、透き通った金色の天井に目を向けた。
「アレは、バリアかな?」
「そうでしょう」
 と、牛若がうなづいた。
「薄く、ガラスのように脆く見えますが、その実は堅固。金剛の名に相応しく、並大抵の攻撃では決して破壊できません」
「何で分かる?」
「アナタが風の大層の主と心を通い合わせられるように、私にも、それとなく、あの金の大層の主の心が分かるのですよ・・・。お互いに心を閉ざしていれば、それ以上は無理ですがね・・・」
 牛若は寂しげに言う。
「ゴーディは、この彼女の大層で、私との決着を是が非でもつけるつもりです」
 牛若はヤマトとは違った目で、ゴーディが生み出した結界である金剛壁を見詰めていた。
 あれを破れるのは、金の系であるゴーディか牛若だけである。何故なら・・・・・・。
「ヤマト。シスと連絡が取れますか?このバリアについて、金の大層の民の話が聞きたいのですが」
 牛若は自分の意を悟られないように、普通に尋ねる。
「だめなんだ」
 ヤマトは、ふうと息を吐く。
「シスの声は聞こえない。ボクの声も届かないみたいだ。多分、あのバリアのせいだと思う」
 そうだろうと、牛若は思う。
「外に残してきたメンゴクウ達が、風の大層に向かっていればいいのですがね」
「うん。でも、シスは、もう動いてくれていると思う。ボク達の置かれている状況を、すでに察してくれていると思うから」
「彼女は機転が利きますからね」
「それに美人だしね!」
 ヤマトは持ち前の元気を取り戻したかのような、陽気な軽口を叩く。
「とにかく今は状況を見ながら、『隠れん坊』に徹するしかないかな。あのバリアを破る方法も分からないし」
 今の自分達に、無理やりにでも、強固突破できる力があるとは到底思えない。
「直に、みんなも来るさ」
 と、ヤマトは両足を投げ出して呑気に言うのだ。
 自分達だけでは無理でも、みんなの助けがあれば、きっと道は開ける。
(ヤマト・・・)
 隣で牛若は目を細めた。
(アナタはいつも、そうやって、私達を引っ張っていってくれましたね・・・)
 遠い。今となっては余りにも遠い。記憶。
 次界の探索。聖魔大戦。そして、私達の最後の戦い。
 戦いに明け暮れた日々であっても、懐かしく、愛おしく、遠い日々の記憶を思い出す。
(・・・しかし、私は私の責任をとらなくてはならない・・・・)

 程なく、沈黙を破ったのは、ゴーディの一声。
 ドーム型に張られたバリアの、内なる金の大層に、ゴーディの声が響いた。
「・・・聞こえているな。牛若・・・」
 二人は揃って、空を見上げる。
「・・・つまらぬことに時間をかけたくはない。すぐに姿を見せろ・・・・・。さもなくば、お前の仲間をこの場で即刻切り捨てる」
 牛若の脳裏によぎるビジョン。崩れずに残った、高層建築物の屋上にある人の姿。ゴーディーと、ゴーディの剣の下に小さくうずくまるのは。
「メンゴクウがゴーディに捕まったようです」
 牛若がヤマトに言う。
 金の大層まで付いて来たメンゴクウは風の大層に戻らずに、自分達を心配して、金の大層の中に入り込んでしまったのだ。
 ヤマトは直ぐに立ち上がり。
「行こう」
「ヤマト、アナタのライドはどうしましたか?」
 後から続く牛若が尋ねて、
「ここに」
 と、ヤマトは小さくしておいたライドを元の大きさに戻す。
 その時、ドサリ。
 ヤマトがライドの上に倒れる。ヤマトの後ろには牛若が。
 理力の無いヤマトであれば、ほんの背後からの一撃で気絶させるのは、訳もないこと。
「聖風花ライド」
 牛若はその場に膝をつき、風の大層が主、シスの理力が込められた、彼女の分身ともいえる、ヤマトのライドに語りかける。
「あのバリアは、私が必ず破ります。機会をみて、どうかヤマトを風の大層に運んで下さい」
 うつ伏せに倒れたヤマトの寝顔に、彼の肩に、牛若はそっと手を置いて。
(アナタはここで死んではいけない)
「さあ、行ってください」
 丸い円盤の形をした聖風花ライドは、ヤマトを乗せて、ふわりと地面から浮き上がった。そして瓦礫の隙間を縫うようにして移動していく。


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